
東京オペラシティ コンサートホールで開催された「コンポージアム2026」は7月12日、武満徹作曲賞本選演奏会(審査員:イェルク・ヴィトマン)で最終日を迎えた。事前の譜面審査で選出されていた4つのノミネート作品が杉山洋一指揮の東京フィルハーモニー交響楽団により初演され、最終審査が行われた。 本選演奏会を聴いた筑波大学准教授の江藤光紀さん(音楽評論)に、審査と授賞式の模様を速報で伝えてもらった。

撮影:大窪道治 提供:東京オペラシティ文化財団
第1位 ジェヒョク・チェ(韓国):超新星
1st Prize Jaehyeok Choi (Korea): Supernova for orchestra
(賞金)¥1,000,000
第2位 ズーイー・タオ(アメリカ):If
2nd Prize Ziyi Tao (USA): If for orchestra / Cash Award
(賞金)¥800,000
第3位 松尾研志(日本):管弦楽のための変奏曲
3rd Prize Kenshi Matsuo (Japan): Variations for Orchestra
(賞金)¥700,000
第4位 ゾーホー・ツイ(中国):最後の賭け
4th Prize Zhehe Cui (China): The Last Gamble for orchestra
(賞金)¥500,000
取材・文:江藤光紀
今年の武満徹作曲賞本選演奏会では、112作品の応募の中から、日本1名、アメリカ(北京生まれ)1名、中国1名、韓国1名の計4作品が選出された。応募総数を見ても中国、日本、韓国だけで全体の半数を超え東アジアの存在感が際立った。ファイナリストの経歴も印象的だ。製薬会社に勤務しつつ独学で作曲をしている方、ヒップホップアーティストと兼業している方もおり、いわゆる現代音楽の共通語法を競う雰囲気があまり感じられず、それぞれが自らの個性を率直に追究していた。このあたりにも審査員ヴィトマンの審美眼が表れていたように思う。

松尾研志「管弦楽のための変奏曲」は、中間部で複雑な拍子を伴って狂ったようにステップを踏む舞曲のようなテーマが現れ、これが核とも言うべきモティーフになっているようだ。全体はここを軸に対称的な構成になっていて、メタリックで点描的な響きの中に繊細なテクスチュアを溶かし込んだ冒頭部が終結部にも回帰してくる。理系出身の作者は「変奏」という概念を数理モデルによって拡張したと述べている。方法論としてはそうなのだろうが、聴覚体験としては巨大なエネルギーが噴出するプロセスを描いたという印象だ。

撮影:池上直哉 提供:東京オペラシティ文化財団
ズーイー・タオ「If」は、最もヨーロッパ的な問いから出発している。いわゆるオーケストラらしい語法を反転させ、特殊奏法を駆使しつつ(作者が楽器をいかに知悉しているかが分かる)極度に緊張したテクスチュアが持続する。散発的に現れる協和音程も何か和声的な意味が生まれる前に力を失ってしまう。途中から拍子木のような乾いた音が間歇的にオーケストラの中に波紋を広げるが、それが大きく広がることもない。本作が印象的だったのは、伝統的語法の“脱構築”という技術主義やニヒリズムを越えて、沈黙とざわめきのはざまで、なお何かを語ろうともがく姿勢にあったように思う。
ゾーホー・ツイ「最後の賭け」は人生を賭博になぞらえた作品で、デスゲームのような極限状況が思い浮かんだ。厚いオーケストラの響きの底でピアノがアルペジオのようなシンプルな音型を繰り返しているが、それは当事者は真剣そのものでも傍から見るとどこか滑稽というギャンブルの悲哀を物語るかのようだ。楽団員は巾着袋をジャラジャラと鳴らしたり、「ああ」と叫んだりするが、「プレイス・ユア・ベッツ!(賭金を置け)」という声が聴かれるとオーケストラは金管を中心に壮麗な響きへ向かい、最後は「ショウ・ユア・カード!(手札を見せろ)」という叫びとともにトランプが宙を舞う。ヴィトマンは選評で演劇性やユーモアの例としてカーゲルの名前を挙げていたが、この作品にはカーゲルのような文脈や批評性はなく純粋に描写的だと筆者は感じた。

ジェヒョク・チェ「超新星」は音響そのものに焦点を当てた。弦の細かな分割と時間差を伴う高音域のグリッサンドによって独特のテクスチュアが形成され、それは超新星の発するまばゆいフレアのようだ。混沌とした響きとクリアな響きがダイナミックに交代しつつ、やがて音楽は一つの音高へ収束していく。そこでは地上の温かさや生命のうごめきが感じられた。その後再び巨大な音響の渦が生じ、チューニングを思わせる瞬間を経て、原初へ回帰していく。作者のイメージは音響そのものの生成と消滅として聴き取ることができたが、宇宙的な生成と消滅というイメージは現代作品では新しいものではなく、技術とアイディアの豊かさに比べ作品の物語には既視感も残った。
4作品は、数理的構造を徹底したもの、ヨーロッパの語法を更新しようとするもの、物語性を軸に据えたもの、音響の生成を追究したものと、それぞれ異なる価値観と美学を体現していた。しかも、いずれの主張も作品の持続を支えるドラマへと確実に落とし込まれている。そもそも同じ尺度では測れず、なおかつどの作品も完成度が高かった。

現代音楽や現代思想の文脈に最も深く接続していたのはおそらく「If」だが、これをおいてヴィトマンが「超新星」を第1位に選んだのが興味深い。既存の知的文脈への接続だけではなく、素材から音楽を立ち上げ、音響とドラマによって直接耳に働きかける。そこに作品ごとの発想力と想像力を見極めようとするヴィトマンの姿勢が表れていたのではないか。本選演奏会の4作品とその順位は、新しい創作の風景を鮮やかに映し出していた。
ON AIR INFORMATION
◎コンポージアム2026 「2026年度武満徹作曲賞本選演奏会」
番組名:NHK-FM「現代の音楽」
放送予定日:未定
2027年度は、アメリカの作曲家ショーン・シェパードが審査員を務める。2027年度は応募締切が2026年9月30日、本選演奏会は2027年5月30日に行われる。
武満徹作曲賞
https://www.operacity.jp/concert/award/
写真提供:東京オペラシティ文化財団


