コンポージアム2026 速報レポート|イェルク・ヴィトマンと都響のリハーサルが進行中!

グラスハーモニカや手回しオルガンも登場!

今年の東京オペラシティの同時代音楽企画〈コンポージアム2026〉(7/8〜7/12)では、クラリネット奏者としてもおなじみ、作曲家・指揮者としてもマルチに活躍するイェルク・ヴィトマンを特集します。7月6日から都内で都響とのリハーサルが始まりました。現地の様子を速報でお届けします。
イェルク・ヴィトマン

取材・文:八木宏之

 東京オペラシティの同時代音楽企画『コンポージアム』。毎年ひとりの作曲家が審査する「武満徹作曲賞」とその審査員の創作世界にスポットが当てられるこのシリーズに今年招かれるのは、1973年、ミュンヘン生まれの作曲家、イェルク・ヴィトマンである。7月9日に東京オペラシティ コンサートホールで開催される「イェルク・ヴィトマンの音楽」は、武満徹作曲賞の本選演奏会と並ぶ、『コンポージアム』のメインイベントだ。自らその指揮台に立つヴィトマンと東京都交響楽団のリハーサルが都内某所で行われているので、その模様をリポートしたい。

 ヴィトマンは作曲家だけでなく、クラリネット奏者、指揮者としても第一線で活躍する才人である。ヴィトマンの作品は欧米の名門オーケストラで頻繁に取り上げられ、存命作曲家のなかでもトップクラスの人気と知名度を誇る。筆者も、今回の公演で日本初演される《バビロン組曲》のフランス初演(2017年1月25日 フィルハーモニー・ド・パリ、ダニエル・ハーディング指揮パリ管弦楽団)やヴィオラ協奏曲の世界初演(2015年10月28日 フィルハーモニー・ド・パリ、アントワーヌ・タメスティ独奏、パーヴォ・ヤルヴィ指揮パリ管)を通して、ヴィトマンの独創的な音楽に接してきた。

 リハーサル初日に取り組んだのは、《バビロン組曲》。2012年にヴィトマンの故郷、ミュンヘンのバイエルン州立歌劇場で初演されたオペラ『バビロン』を30分の組曲に改め、2014年に発表したものが本作である。全曲を通して切れ目なく演奏される組曲は、オペラのストーリーに沿っているわけではなく、オペラが描く古代バビロニアの多文化、多言語社会のカオスを、巧みなオーケストレーションで再構築している。オーケストラは大編成で、木管楽器の持ち替えには、コントラバスクラリネットやヘッケルフォンからスライドホイッスルまで含まれるほか、多種多様な打楽器と2台のハープ、チェレスタにアコーディオンも加わる。《バビロン組曲》には、戦後のヨーロッパで発展してきた前衛音楽の実験的なエクリチュールに、ポップスや映画音楽のスタイルや行進曲や民謡といったさまざまな文化的背景をもつ素材が織り交ぜられ、聞こえてきた音楽をカテゴライズしようとすると、耳は途端に混乱に陥る。それこそがヴィトマンの狙いであり、この作品の魅力である。

オーボエはスライドホイッスルへの持ち替えも

 そうしたカオスをオーケストラはコントロールしなければならないが、そのためには、作品の構造を細部まで正確に把握する必要がある。プロのオーケストラのメンバーは、みながスコアを理解したうえで演奏に臨んでいるが、コンテンポラリーの作品となると、ホールで実際に音を出してみなければわからない要素も多い。そのためリハーサルは、管打楽器と弦楽器それぞれの分奏からスタートした。

 アコーディオンの響きに誘われる序奏からヴァイオリンの即興的なソロまでの10分弱の時間は、「現代音楽」の色合いが強い部分だが、分奏で各パートの役割に光を当ててみると、一つひとつのパッセージに奇をてらったものはなく、どのフレーズも楽器の特性を踏まえた自然な表情を持っていることに気付かされる。そうした傾向は管楽器の書法に顕著で、ヴィトマンが現代を代表する管楽器のヴィルトゥオーソであることを思い出させてくれる。それらが折り重なって、ときに厳しい響きを生み出すが、サウンドの根底には常に楽器と奏者への敬意がある。

 ヴィトマンの指揮はシンプルかつ明快で、限られた時間のなか、要所要所にテキパキと表情をつけていく。合理的で効率の良いリハーサルの進め方にも、彼の器楽奏者としての豊富な経験が活きている。演奏家の視点に立ったヴィトマンの要求に対する都響の反応もすこぶる良い。

 2時間弱にわたる分奏の成果は、後半の全体合奏の冒頭から明らかだった。ヴィトマンは音楽をほとんど止めることなく最後まで通したが、その演奏は、日本初演の作品を初めて全員で音にしたとは思えないほどのハイクオリティで、驚かされる。リハーサルの初日から、こうした立体的な演奏が可能なのは、そこに集う演奏家全員が入念な準備を行なっているからにほかならない。

 《バビロン組曲》の中間部は、この作品の大きな聴きどころであり、原作のオペラのコンセプトを強く反映した時間でもある。リズミカルなセクションに続いて、ラフマニノフ顔負けの甘美なバラードや、アメリカ風でありながら、どこかショスタコーヴィチを思わせるアイロニカルなマーチが次々と現れ、聴き手を困惑させる。これはある種のカオスであり、バビロンの文化的、言語的状況を音楽で見事に示しているのだが、それらを構成するパーツの一つひとつには秩序があり、ヴィトマンと都響はそれを完全にコントロールしている。多様な文化と言語の併存によって混乱が生じようとも、それら一つひとつにはロジックやレトリックがあるのだ。

 作品の後半でも、管楽器に民謡風のモチーフが現れたり、ヴィオラの哀愁に満ちたモノローグが聴こえてきたりするが、それらは表現主義風のうねりを伴いながら次第に発展し、驚くほどロマンティックなクライマックスへと突入する。クラシック音楽の文脈におけるコンテンポラリー・ミュージックの世界では異例ともいえる甘美で旋律的な音楽は、伝統的な映画音楽を思わせるが、ピエール・ブーレーズとマイルス・デイヴィスを敬愛するヴィトマンにとって、そうしたスタイルの共存はごく自然なものなのだろう。これまでの人生のなかで自身が吸収してきた数多の音楽をスコアに詰め込んだ《バビロン組曲》は、ヴィトマンの自画像的作品と捉えることもできるかもしれない。

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 2日目のリハーサルは、トランペットと小オーケストラのためのコンツェルトシュテュック《アド・アブスルダム(不条理)》と《アルモニカ》の2曲を中心に進められた。2002年にトランペット奏者のセルゲイ・ナカリャコフのために作曲された《アド・アブスルダム》は、独奏トランペットと室内オーケストラが超高速のテンポで駆け抜ける難曲である。少年時代にマイルス・デイヴィスに傾倒していたヴィトマンにとって、トランペットは特別な楽器であるに違いない。ナカリャコフがリハーサルに参加するのは3日目からだったため、私が聴いたのはオーケストラのみの練習であったが、独奏パートを欠いていても、この作品が演奏家の限界に挑むものであることは明らかだった。

 バルトークの《管弦楽のための協奏曲》のフィナーレを思わせる弦楽器の無窮動的なパッセージは、中間部に入るとより細分化され、ピチカートによる点描へと発展する。音を楽譜通りに並べるだけでも大変な作品だが、ヴィトマンと都響はボウイングやピチカートのニュアンスを細部まで詰めていく。彼らのリハーサルは、速いテンポで弾くことは決して弾き流すことではないということを改めて教えてくれる。

Koji Koji Moheji(手回しオルガン)

 呼吸を忘れてしまうほどの緊張感に貫かれる《アド・アブスルダム》だが、曲の後半で手回しオルガンが登場すると、音楽はいくらかあたたかみを帯び始める。今回は、日本では数少ないプロの手廻しオルガン奏者のKoji Koji Mohejiが演奏に参加しているが、珍しい楽器ゆえに、手回しオルガンのパートをシンセサイザーが担うケースもあるという。しかし、演奏を聴いていると、本物の手回しオルガンが加わる意義は大きいように思われる。その素朴でノスタルジックな音色は、「不条理」なまでのヴィルトゥオジティを演奏家に要求する本作において、人間らしさを象徴しているように思われるからだ。もしそれがアコースティックな手回しオルガンではなく、電子的なシンセサイザーであったなら、聴き手はいよいよ酸欠になってしまうだろう。オーケストラのみの演奏を聴いただけでも、これほどのインパクトを持つ作品に、鬼才ナカリャコフのソロが重ねられたら、一体どうなってしまうのか。それは本番を楽しみに待つとしよう。

 《アド・アブスルダム》がマイルス・デイヴィスへの想いを反映しているとしたら、《アルモニカ》は、ブーレーズへの憧れを象徴する作品と言えるだろうか。2006年に作曲され、2007年にブーレーズの指揮するウィーン・フィルハーモニー管弦楽団により初演された《アルモニカ》は、ザルツブルク国際モーツァルテウム財団からの委嘱ということもあって、モーツァルトゆかりの楽器、グラスハーモニカを音楽の核に据えている。ヴィトマンは《バビロン組曲》でも重要な役割を担うアコーディオンを第2の独奏楽器に選び、ある種のドッペル・コンチェルトを書き上げた。グラスハーモニカの独奏を務めるクリスタ・シェーンフェルディンガーは、この神秘的な楽器の第一人者にして、《アルモニカ》の初演者である。

クリスタ・シェーンフェルディンガー(グラスハーモニカ)

 グラスハーモニカから生み出される魔術的な音色にオーケストラが呼応し、ミストのような音響がホール全体を包み込むこの作品は、ハーモニーの微細な変化を楽しむ音楽であり、《アド・アブスルダム》と強烈なコントラストをなしている。ゆったりとした歩みのなかで、弦楽器の弓が作り出す摩擦音や管楽奏者の呼吸音、アコーディオン(大田智美)のふいごの空気音がミクロポリフォニーを構成し、クラリネットやホルンに現れる微分音が音楽に動きを与えていく。曲の終盤に現れるグラスハーモニカ奏者の「声」は実に効果的で、数メートル先も見通せない霧の向こうから、誰かが呼びかけているかのようだ。それはセイレーンの歌のように、聴き手を強く引き寄せる。《アド・アブスルダム》の手回しオルガンと同様に、実験的な書法に抒情的なアクセントを加えることを、ヴィトマンは好むようである。

ソロを務めるのは、クリスタ・シェーンフェルディンガーと大田智美(アコーディオン)

 この公演でコンサートマスターを務める水谷晃は、ヴィトマンとの初共演を大いに楽しんでいるという。ハードなリハーサルの合間に、ヴィトマンの魅力とコンサートへの期待を語ってくれた。

 「私が客員コンサートマスターを務めているオーケストラ・アンサンブル金沢の仲間たちが、ヴィトマンさんは素晴らしい音楽家であると、みな口を揃えて話していたので、今回の初共演をとても楽しみにしていました。
 聞いていた評判のとおり、ヴィトマンさんは天才的な音楽家です。複雑な自作を自在に指揮できるだけでも凄いことですが、その指揮にはしっかりと感情がこもっていて、ときに情熱的です。どんなに機械的なパッセージであっても、リハーサルでヴィトマンさんがそれを歌うと、とても音楽的に聞こえるのは、彼が優れた演奏家だからです。ヴィトマンさんが演奏家の視点を大切にしているからこそ、私たちは安心感を持って演奏することができますし、難しい要求にもチャレンジしたいと思えるのです。ヴィトマンさんの作品には楽器の限界に挑むような箇所もありますが、決して不可能なことは書かれていません。それはヴィトマンさんが楽器や演奏家のことを深く理解しているからでしょう。そこには演奏家に対するリスペクトが感じられます。作品を生み出す能力だけでなく、楽譜に書かれていることを実現する演奏家としての能力と、そのアプローチをみなに伝える指揮者としての能力を併せ持ち、それらが絶妙なバランスで混ざり合っているヴィトマンさんは、稀有な存在です。ヴィトマンさんの作品は、“現代音楽”という言葉からイメージするような難解なものではなく、旋律やハーモニーの美しさをしっかりと感じられるものです。クラシック音楽を普段から聴かれている方は、なにも身構えることなく楽しむことができると思いますし、多様なスタイルを含んでいるので、クラシック音楽に馴染みがない方にもたくさんの入り口が用意されています」(水谷晃、東京都交響楽団コンサートマスター)

ヴィトマンと談笑する水谷晃(左)

 水谷の言葉にあったように、ヴィトマンの音楽の持つ多様性は、コンテンポラリー・ミュージックのファン以外にも広く扉を開くものだろう。映画音楽や吹奏楽に親しんできた人が「現代音楽」に出会うきっかけとしても、ヴィトマンの音楽はぴったりである。7月9日の「イェルク・ヴィトマンの音楽」は、複雑さと難解さは必ずしも同義ではないことを知る、またとない機会になるはずだ。

撮影:東京オペラシティ文化財団

東京オペラシティの同時代音楽企画 〈コンポージアム2026〉
イェルク・ヴィトマンを迎えて

イェルク・ヴィトマン トークセッション
2026.7/8(水)19:00 東京オペラシティ コンサートホール

出演/イェルク・ヴィトマン、長木誠司(聞き手) ※ドイツ語通訳あり

イェルク・ヴィトマンの音楽
7/9(木)19:00 東京オペラシティ コンサートホール

出演/イェルク・ヴィトマン(指揮)、クリスタ・シェーンフェルディンガー(グラスハーモニカ)*、大田智美(アコーディオン)*、セルゲイ・ナカリャコフ(トランペット)**、Koji Koji Moheji(手回しオルガン)**、東京都交響楽団
曲目/アルモニカ(2006)*
アド・アブスルダム(不条理)〜トランペットと小オーケストラのためのコンツェルトシュテュック(2002)**
バビロン組曲(2014)[日本初演]

2026年度 武満徹作曲賞本選演奏会 審査員:イェルク・ヴィトマン
7/12(日)15:00 東京オペラシティ コンサートホール

出演/杉山洋一(指揮)、東京フィルハーモニー交響楽団
曲目/[ファイナリスト](演奏順)
松尾研志(日本):管弦楽のための変奏曲
ズーイー・タオ(アメリカ):If
ゾーホー・ツイ(中国):最後の賭け
ジェヒョク・チェ(韓国):超新星

問:東京オペラシティチケットセンター03-5353-9999 
https://www.operacity.jp


八木宏之 Hiroyuki Yagi

青山学院大学文学部史学科芸術史コース卒。愛知県立芸術大学大学院音楽研究科博士前期課程(修士:音楽学)およびソルボンヌ大学音楽専門職修士課程(Master 2 Professionnel Médiation de la Musique)修了。
2021年春にWebメディア『FREUDE』を立ち上げ。クラシック音楽を中心にプログラムノートやライナーノーツ、レビュー、エッセイを多数執筆するほか、アーティストへのインタビュー、コンサートのプレトーク、講演会なども積極的に行なっている。
https://freudemedia.com