
「歌うヴァイオリン」と称される大谷康子が混迷の世界に向けて再び熱いメッセージを届ける。2026年1月31日、練馬文化センター大ホール(こぶしホール、東京・練馬)で開く「東京都交響楽団 × 大谷康子 未来への讃歌 —音楽は国境を超える—」。1年前、デビュー50周年記念特別公演で世界初演した萩森英明の「ヴァイオリン協奏曲『未来への讃歌』〜ヴァイオリンと世界民族楽器のための〜」を再演する。世界をつなぐ音楽の感動が蘇る。
東京23区の北西部、武蔵野台地の自然に恵まれた練馬区が今、音楽で盛り上がっている。(公財)練馬区文化振興協会理事長の大谷は、野外コンサート「ねりまの森の音楽祭」をはじめ、旅をテーマに毎年開催している「真夏の音楽会」や練馬区立美術館でのコンサートなど、地域に根差し幅広い層を対象にした音楽イベントを推進している。デビュー50周年を記念し、地元の練馬文化センターからも「音楽は民族、言語、宗教、思想を超える」という大谷の願いを伝える。
大井駿の指揮による東京都交響楽団との今回の共演のハイライトは、萩森のヴァイオリン協奏曲「未来への讃歌」の再演だ。この作品は2025年1月10日、サントリーホールで山田和樹が指揮し、元NHK交響楽団ゲスト・コンサートマスターの白井圭をはじめ大谷の愛弟子らが参集した「大谷康子50周年記念祝祭管弦楽団」との共演で世界初演された。その後、再演を望む声が多く寄せられていた。「世界で戦争が続く中、この作品が持つ平和へのメッセージを伝えるために、再演する意義は大きい」と大谷は話す。
「ヴァイオリンと世界民族楽器のための」との副題通り、4種類の民族楽器が共演する異色のヴァイオリン協奏曲だ。再演では、ユダヤ民族音楽クレズマーのバスクラリネットを梅津和時、ケニアのドゥルマ民族の打楽器ンゴマを大西匡哉、ウズベキスタンの2弦の撥弦楽器ドゥタールを駒㟢万集という初演時と同じ3人、さらにバンドネオンを練馬区在住の小川紀美代が演奏する。
「前衛的な現代音楽や実験音楽ではない作品を萩森さんにお願いした」と大谷は作曲を委嘱した経緯を振り返る。「あらゆる壁を超えられるのが音楽。みんなが楽しめる曲にしたかった」と語り、座右の銘である劇作家の井上ひさしの言葉「むずかしいことをやさしく、やさしいことをふかく」を挙げる。
聴けば確かに親しみやすい。エルガーやホルスト、ハチャトゥリアン、伊福部昭らの民族的モダニズムをベースにし、最新のワールドミュージックの動向を融合したような新鮮な音楽だ。大谷が歌うように美旋律を奏でる一方で、4人の民族楽器奏者がエキゾチックな魅惑のソロを入れていく。最後はリズムの饗宴で全員が盛り上がる。新たな「ウィ・アー・ザ・ワールド」、現代音楽のスタンダードの誕生である。
「普通の(楽しいだけの)コンサートとは一線を画す。ポリシーを伝える音楽で聴き手が考えさせられることが大切」。一方で子どもや初心者も飽きない公演を目指す。曲目にはリヒャルト・シュトラウス「祝典行進曲」、メンデルスゾーン「ヴァイオリン協奏曲」、スメタナ「ヴルタヴァ(モルダウ)」も並ぶ。人気曲というだけではない。「3人はそれぞれ(ナチズム、ユダヤ人差別、民族自立という)政治・社会問題に苦しんだ」。親しみやすくも考えさせられる選曲。不穏な国際情勢の中で、日本屈指のオーケストラと民族楽器奏者たち、歌うヴァイオリンが音楽の力を問う。企画構成は伊藤裕太。
取材・文:池上輝彦
(ぶらあぼ2025年12月号より)
東京都交響楽団 × 大谷康子 未来への讃歌 ―音楽は国境を超える―
2026.1/31(土)15:00 練馬文化センター
問:練馬文化センターチケット予約専用電話03-3948-9000
https://www.neribun.or.jp/nerima.html

池上輝彦 Teruhiko Ikegami
音楽ライター。日本経済新聞社シニアメディアプロデューサー兼日経広告研究所研究員。早稲田大学商学部卒。証券部・産業部記者を経て欧州総局フランクフルト支局長、文化部編集委員、映像報道部シニア・エディターを歴任。音楽報道記事やレビューを執筆。クラシック音楽専門誌での批評、CDライナーノーツ、公演プログラムノートも手掛ける。ヤマハ音楽情報サイト「音遊人」で「クラシック名曲ポップにシン・発見」、日経文化事業情報サイト「art NIKKEI」で「聴きたくなる音楽いい話」を連載中。
日本経済新聞社記者紹介 https://www.nikkei.com/journalists/19122304
ヤマハ音楽情報サイト「音遊人」 https://jp.yamaha.com/sp/myujin/
art NIKKEI「聴きたくなる音楽いい話」 https://art.nikkei.com/magazine-title/music-stories/


