
下段左より:三浦はつみ ©蓮見 徹/中田恵子 ©Toru Hiraiwa/近藤 岳 ©藤本史昭
神奈川県民ホールが開館した1975年1月、その小ホールにはドイツのクライス社製のパイプオルガンが設置された。国内の公立ホールとしては最も歴史ある楽器だ。当初は客席から見て舞台右側にあったが、90年に舞台正面に移設。433席という親密な空間でのオルガン体験は特別なインスピレーションをもたらしてくれた。
そのオルガンのために2001年以降多くの委嘱作品が書かれ、神奈川県民ホール休館直前の公演となる3月29日のコンサートで5曲が再演される。作曲家と初演を務めたオルガニストらによるトークもある。作曲家は権代敦彦(演奏:内田光音 以下同)、柿沼唯(川越聡子)、小鍛冶邦隆(廣江理枝)、坂本日菜(三浦はつみ)、鈴木純明(中田恵子)、そしてオルガニストである近藤岳が書く休館前最後の委嘱作も彼自身によって初演される。
ほぼ25年にわたるその期間に、日本は東日本や熊本、能登での震災を経験し、コロナ禍もあった。時代の記憶は音楽にも刻まれる。それぞれの委嘱作品はこのホールのオルガンを前提としつつ、それを慈しんだオルガニストたちの想いと一緒に、21世紀の横浜、その時代の息づかいを映し出しているかもしれない。
長い時間をかけて作られるヨーロッパの石造りの教会、その内部に設置されたオルガンとは違い、近代日本の建築物の運命はかなり儚い。しかしホールで体験した音楽は、そのホールのアコースティックとともに記憶に残るはず。この委嘱作品コンサートを深く心に刻みたい。
文:片桐卓也
(ぶらあぼ2025年3月号より)
C × Organ ありがとう神奈川県民ホール 音の記憶、空間の記憶
神奈川県民ホール・オルガン委嘱作品コンサート
2025.3/29(土)15:00 神奈川県民ホール(小)
問:チケットかながわ0570-015-415
https://www.kanagawa-kenminhall.com