暦も10月を迎え、クラシック音楽シーンもいよいよ秋の本格的なシーズンへ。数あるオーケストラも、国内外から指揮者やソリストを招聘し、それぞれの団体の個性を打ち出すべく様々な演奏会を予定しています。
そんな中、この秋、偶然にも同じ「イトウ」という名字を持つふたりのオーケストラ奏者が、およそ2週間の時間差で、それぞれの音楽監督とともに同じハイドンのチェロ協奏曲第1番に挑もうとしています。
この奇跡的な出来事を見逃すまいと、「ふたりの“イトウ” スペシャル対談」を敢行!不思議な巡り合わせを感じさせるお二人ですが、名前だけではない意外な共通点もあった!?
ふたりにとってのハイドン1番
文嗣 実は僕、「協奏曲」をプロのオーケストラで弾くのは初めてなんですよ。2021年に弾いたR.シュトラウスの「ドン・キホーテ」は交響詩だったので、今回やっと経験できる。ハイドンの1番っていうのがまたいいなと。
ハイドン:チェロ協奏曲第1番
ハイドン(1732~1809)による1760年代の作品。第2番とともに古典派を代表するチェロ協奏曲として親しまれている。コンクールの課題曲としてもしばしば取り上げられており、若いチェリストが学習過程で演奏することも多い。
裕 ご自分で選曲されたんですか?
文嗣 ノット監督から「ハイドンの1番と2番、どっちがいい?」ときかれて。
裕 僕もまず曲の希望をきかれて、「ドン・キホーテ」をリクエストしたんですよ。そうしたら編成の都合で難しくて。もう少し小さな編成の曲をイメージしたときにハイドンの1番を弾きたいなと思って。
文嗣 他の曲と迷うことはなく?
裕 本当に好きな曲なので、ぜひこの曲を演奏したいと思って選びました。
文嗣 初めて弾いたコンチェルトだった?
裕 そうだと思います。小学校6年生のとき、コンクールのために練習した記憶があります。
文嗣 僕は中1ぐらいかな。同じく、多分初めて弾いたコンチェルトで。藝大の受験の課題曲もこの曲だったんですよ。
——2番とはどういう違いがありますか?
裕 多分2番を先に勉強する人は少ないのではないかと思います。
文嗣 応用編というか、若干アドバンストな感じがするよね。3楽章が8分の6拍子っていうのも少し難しいと思います。
裕 1番の方がリズミカルというか、縦のバウンド感みたいな印象が強くて。2番はどちらかというと横の流れ、流動的な長いフレーズを感じます。
文嗣 そうだね。そもそも最初のテーマのキャラクターが違うもんね。1番の方が躍動的で弾むような。2番の方はもう少し揺らぎとか横の流れとか、流麗な感じがする。
裕 ビバコンクール(*)の本選で2番を弾かれていましたよね。
*ビバホールチェロコンクール:1994年から2年に1度、兵庫県養父(やぶ)市で開催される若手チェリストの登竜門
文嗣 そうそう。
裕 学生のとき、文嗣さんの2番の演奏が素晴らしかったっていう話をよく聞きました。コンクールの課題曲の中でハイドンの2番を選ぶ人は少ないんですよね。
文嗣 日本音楽コンクールは課題曲が一つに定められているけど、ビバコンクールは、5、6曲ぐらいある候補の中から好きな曲を選んで弾く。コンクール向きの曲が実際あるのかわからないんだけど、ハイドンの2番は不利な曲って言われていて、だからあえて選んだっていう(笑)
裕 すごい!
文嗣 結果よりチャレンジしたいっていう気持ちでやってみたんだよね。
——1番の好きなところを教えてください。
文嗣 出だしですね。だけど難しい。僕はなかなか上手く弾けない。
裕 付点のリズムと和音の弾き方が難しいですよね。僕は1楽章の第2主題で音が上っていくところが好きです。
文嗣 綺麗だよね。最後まで一気に向かっていくきっかけになる場所は、ハイドンに限らずどの曲も好きなんです。それは当然ハイドン1番にもあって、そういうクライマックスのきっかけになる前後のところをすごく大事にしたい。3楽章でまくし立てていくじゃない? そこが必然的に“来た!”って思えるようにしたい。
文嗣 あそこを弾き終わった後に、「はあー」っていう感じじゃなくて、到着したっていう、喜びで終われたらいいなと思うんだよね。
演奏会の展望
——音楽監督の音楽づくりの特徴や傾向を教えてください。
裕 大野さんは霊感というか、音楽のパワーを感じる感性がとてつもなく強い人だと普段から感じていて。知識の豊富さもすごいんですけど、一番感じるのはやっぱりインスピレーションというか、大野さんにしかない霊感で音楽を動かした瞬間に感じる特別なパワー。
ハイドンの作品は初めてご一緒するんですけど、大野さんの持っている感性を最大限に受け止めながら、自分からも発信して、化学反応的にいいものを作り出していけたらと思っています。
文嗣 ノット監督はものすごく即興的で、振り方も毎回違う。ただ全ての曲にあてはまるのは“ストーリー”。彼は「旅」ってよく言うんですけど、プログラムを一つの「旅」と捉えている傾向があって。プログラムの最後までを見据えた1音を提示してくる。そしてその1音を、彼が想定しているものと違うふうにオケが演奏した場合には、その音から構築し直しているような気がするんです。だから即興的になるんですけど。間の取り方も毎回変わるし、こちらはなぜ変わったかを考えなきゃいけない。
ノット監督の持つストーリーと、それに対する東響メンバーの反応、そして僕が考えるストーリー。それらがかけ合わさって、本番でどうなるのかは本当に読めないけど、これまで一緒にやってきた関係性があるので、監督が演奏中に送ってくるメッセージに対して丁々発止のやり取りで演奏できたらいいなと思います。そういったコミュニケーションを楽しんでもらいたいです。
裕 都響をバックにコンチェルトが弾けることはこの上なく幸せで、大きなチャンスだと感じています。自分の感性を最大限生かして、大野さん、そして素晴らしいメンバーの方たちと、自分にしかできない演奏を作り上げたい。それがお客さんにも楽しんでいただけたら本当に幸せです。
協力:東京交響楽団、東京都交響楽団
撮影・まとめ:編集部
Profile
伊藤文嗣 Fumitsugu Ito
1986年神奈川県出身。東京藝術大学を経て、同大学大学院修士課程修了。第9回ビバホールチェロコンクール第2位。2008年~2010年N響アカデミーに在籍。 これまでに、サイトウ・キネン・オーケストラ、東京・春・音楽祭、ジャパンヴィルトゥオーゾシンフォニーオーケストラ、マロオケ、北九州響ホールフェスティバル、防府音楽祭、赤穂国際音楽祭プリ・コンサート、姫路国際音楽祭プリ・コンサート、アフィニス・アンサンブル・セレクション他多数出演。また、客演首席奏者として国内主要オーケストラに招かれている。これまでにチェロを山崎伸子、河野文昭、藤森亮一の各氏に師事。2012年より東京交響楽団首席チェロ奏者、2021年よりソロ首席チェロ奏者を務める
伊東裕 Yu Ito
奈良県出身。第77回日本音楽コンクールチェロ部門第1位受賞。葵トリオとして、第67回ARDミュンヘン国際音楽コンクールピアノ三重奏部門第1位受賞。
札響、名古屋フィル、関西フィル他オーケストラと協演。国内外の音楽祭に参加。斎藤建寛、向山佳絵子、山崎伸子、中木健二、E・ブロンツィ、D・モメルツ各氏に師事。東京藝術大学、同大学院を修了。ザルツブルク・モーツァルテウム大学、ミュンヘン・音楽演劇大学にて研鑽を積む。紀尾井ホール室内管弦楽団メンバー。東京都交響楽団首席チェロ奏者。東京藝術大学非常勤講師
【Information】
東京交響楽団
東京オペラシティシリーズ 第142回
2024.11/15(金)19:00 東京オペラシティ コンサートホール
出演
指揮:ジョナサン・ノット
オルガン:大木麻理
チェロ:伊藤文嗣
ピアノ:務川慧悟
曲目
リゲティ:ヴォルーミナ
ハイドン:チェロ協奏曲第1番 ハ長調 Hob.VIIb:1
モーツァルト:ピアノ協奏曲第9番 変ホ長調 K.271「ジュノム」
問:TOKYO SYMPHONY チケットセンター044-520-1511
https://tokyosymphony.jp
他公演
11/16(土) ミューザ川崎シンフォニーホール(044-520-0200)
東京都交響楽団
第1012回 定期演奏会Bシリーズ
2024.12/4(水)19:00 サントリーホール
第1013回 定期演奏会Aシリーズ
2024.12/5(木)19:00 東京文化会館
出演
指揮:大野和士
チェロ:伊東裕
曲目
ハイドン:チェロ協奏曲第1番 ハ長調 Hob.VIIb:1
ショスタコーヴィチ:交響曲第8番 ハ短調 op.65
問:都響ガイド0570-056-057
https://www.tmso.or.jp