Antonio Meneses 1957-2024
ブラジル出身の世界的チェロ奏者、アントニオ・メネセスが8月3日に亡くなった。享年66。6月に進行性の脳腫瘍と診断され、コンサートや教育活動をすべてキャンセル。スイスで化学療法を受けていたが、診断から2ヵ月足らず、あまりにも早い逝去となった。
1957年生まれ。音楽一家のもと10歳でチェロをはじめ、16歳でイタリア出身のチェロ奏者、アントニオ・ヤニグロと出会い、門下生となり渡欧。デュッセルドルフ、シュトゥットガルトで彼の教えを受けた。77年にはミュンヘン国際音楽コンクール、82年にはチャイコフスキー国際コンクールと、著名なコンクールで優勝を果たす。ソロ活動、およびベルリン・フィル、コンセルトヘボウ管、ロンドン響など各国のオーケストラとの共演に加え、室内楽活動も積極的に展開。中でもピアニストのメナヘム・プレスラーによって結成された「ボザール・トリオ」では、98年の加入から2008年の解散まで、最後のメンバーとしてその屋台骨を支えた。
レコーディング活動も活発に行い、プレスラーとのデュオによるベートーヴェンのソナタ全集は名盤として名高い。また、ヴィラ=ロボスのチェロ作品の録音を複数残すなど、母国ブラジルの音楽の普及にも努めた。後進の育成では、ベルン音楽院など欧州の音楽学校で教鞭をとったほか、世界各地でマスタークラスを積極的に実施。中木健二(紀尾井ホール室内管)、辻本玲(N響首席)など、日本で活躍するチェロ奏者の中にも、彼の薫陶を受けたものは少なくない。
温かな音色、そして内省的な表現からカンタービレいっぱいに歌い上げるフレーズまで、その豊かな表現力で聴衆に愛された。最後の日本での出演は23年11月、公開マスタークラスに加え、無伴奏リサイタルを開催。J.S.バッハの組曲とブラジル人作曲家の作品を組み合わせる、“メネセスの他には考えられない”プログラムを披露。バッハでの安定感ある匠の業、ブラジル作品での矜持あふれる演奏で会場を沸かせていたことが忘れがたい。