音楽の都が真のかがやきを魅せる季節

文:小宮正安

ウィーンの秋:多様性のもたらす魅力

 ウィーンの秋は急に冷え込む。厚い雲に覆われた日も少なくなく、これから到来する厳しい冬を予感させる…
 だがそんな季節だからこそ、雲間から時折射しこめる太陽の光のように眩く輝くものがある。音楽だ。ウィーンが「音楽の都」と言われる理由は幾つもあるが、1つにはこの街特有の天候も影響しているのではないか?
 とりわけ、オペラハウスに足を運ぶと、そのことを実感させられる。オペラの上演には何時間もかかるけれど、それもこれも寒い夜の時間を目いっぱい楽しむため。しかも、ウィーンの社交界を密かに賑わわせたゴシップを基にモーツァルトが作ったといわれる『コジ・ファン・トゥッテ』が、話題の演出家コスキーの新演出で、この街を象徴する国立歌劇場の舞台にかけられるのだから、目が離せない。しかもトップ・クラスの歌手たちの歌と演技を、オーケストラピットの中から「第二の歌手」として支えるのは、この歌劇場が世界に誇るオーケストラであるウィーン国立歌劇場管弦楽団。近年とみに共演の機会が増しているフィッシャーの指揮の下、聴覚視覚ともにオペラの快楽がぎゅっと詰まった一夜がきっと繰り広げられる。
 また、これも「音楽の都ウィーン」を象徴する楽友協会の大ホール(通称「黄金のホール」)での演奏会も要注目だ。シュトゥッツマン指揮によるウィーン交響楽団が、ソ連体制下に生きたプロコフィエフとショスタコーヴィチのプログラムを聴かせてくれるからである。
 歌手として世界的なキャリアを築く一方、指揮者としても近年華々しい活躍を見せているシュトゥッツマン。最近では指揮者の世界にも女性が多くなってきているが、その先駆的存在として彼女が楽友協会の指揮台に登る意味は大きい。というのもウィーンは、ハプスブルク家の巨大な領土の中心地として数百年来の国際都市であり、様々な人種や文化が混在してきた地であるからだ。そうした中で、ウィーン特有の豊かな音楽も育まれてきたわけだが、そんな「多様性」をこの世界で体現し続けて居るシュトゥッツマンの登場には、きわめて大きな意味がある。
 ちなみにウィーンの秋は、飲食の秋でもある。とりわけこの街の西側に広がる森=ウィーンの森のふもとではぶどうが採れ、それを基にワインが作られる。それこそウィーンで活躍したモーツァルトもベートーヴェンもシューベルトも楽しんだ味だ。しかも最近では、幾つもの種類のぶどうをブレンドした「ゲミッシュター・ザッツ」と呼ばれる白ワインも人気だ。「ゲミッシュター」とは「混ぜる」、「ザッツ」とはワインの世界では「澱」、音楽の世界では「楽章」という意味。多様性の文化が、伝統を引き継ぎつつ、新たな時代へ向かって解き放たれる…。そんなウィーンの「今」は、味覚を通じても伝わって来る。

ウィーンの冬:静けさのもたらす秘密

 さていよいよ冬が本格的に到来する12月になると、今度はクリスマスへ向けた催しがそこかしこでおこなわれる。代表的なのが「クリスマス・マーケット」。クリスマス・グッズはもちろんのこと、冷え切った身体を温めてくれるホットワインやプンシュといった飲み物も、マーケットの魅力である。音楽界も多種多様の催しであふれかえり、幾つもの通りを彩るクリスマス用の美しいイルミネーションに勝るとも劣らない華やかさと輝きを具えてゆく。
 その1つが、インベリアル・フィルハーモニックによる『クリスマスの調べ』。聴きなれない名前のオーケストラかもしれないが、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団をはじめ、ウィーンやオーストリアを代表するオーケストラのメンバー等が集まった一種のドリームチームであり、彼らの出演するクリスマス・コンサートは、ウィーンにおけるクリスマスの新たな名物になりつつある。世界屈指の美しさを誇る楽友協会大ホールを会場に、極上のサウンドで楽しむクリスマスの音楽の数々。この時期にしか聴くことのできない特別な演奏会だ。

 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団のメンバーの本拠地であるウィーン国立歌劇場での公演も見逃せない。何しろ暮れも押し詰まった頃にもれっきとしたバレエやオペラの公演が目白押しで、このオペラハウスが世界に冠たる名声を轟かせている理由がよく分かる。年が暮れるぎりぎりまで舞台を、そして音楽を楽しむ…。これもまた、凍てつく冬を魅力的に過ごすためのウィーンならではの生活の知恵なのだ。
 ちなみにウィーンのクリスマスイヴは、ことの他静かだ。この日は、多くの人々が教会に集ったり、家族や親しい友人とともに静かに過ごしたりと、いわば祈りと内省の一日だからである。まただからこそ、首都であるにもかかわらず、ウィーンという街の持っている静けさが、それも夜になればなるほど染み渡るように理解できる。
 音楽は、音そのものが鳴っている時だけではない。呼吸をするための間や、響きが静まってゆく余韻までをも含めて音楽である。そんなことを、静けさに包まれたクリスマスイヴの夜のウィーンは気付かせてくれる。何しろ人々の何気ないライフスタイルの中に、この街が「音楽の都」として育まれてきた秘密が既に隠されているのだから。


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