【GPレポート】佐渡裕芸術監督プロデュースオペラ《蝶々夫人》

盤石の布陣を得てよみがえるシリーズ原点の“伝説の舞台”

(2024.7/9 兵庫県立芸術文化センター KOBELCO 大ホール 取材・文:桒田萌 撮影:長澤直子)

 兵庫県立文化芸術センターの佐渡裕芸術監督プロデュースオペラが、19作目の開幕を迎える。今年は、2006年に新制作されたプッチーニ《蝶々夫人》を上演。今や同センターにとって夏の風物詩となったプロデュースオペラの幕開けを飾った記念碑的な作品である。開館20周年・2025年の上演も検討されたというが、06年の兵庫初演、および08年の再演で演出を務めた栗山昌良の年齢を考慮し、1年繰り上げての上演が決定。奇しくも作曲家没後100年、初演120周年の年と重なった。昨年、栗山が逝去したため、今回の上演には追悼の意も込められているという。栗山の元で演出補を務めた飯塚励生が、「再演演出」の形で新たな世界を見せてくれた。

 まずは《蝶々夫人》のあらすじを簡単に説明しよう。日本・長崎を舞台に、アメリカ海軍士官のピンカートンが、「現地妻」として蝶々さんと結婚。ピンカートンにとっては一時の戯れであり、蝶々さんを置いて本国に帰国。一途な蝶々さんは3年もの間、2人で過ごした長崎の家で彼との子どもを育てながら夫の帰りを待つことに――。

 蝶々さんは、ピンカートンと出会った時はわずか15歳の少女だ。その一方で、最初から最後まで出ずっぱりの大役であることから、名実ともにベテランのソプラノ歌手が蝶々さんを演じることも多く、年齢やキャラクターの観点からある種のギャップが生まれることもある。

 しかしその点、この日に蝶々さんを演じた迫田美帆は理想的であった。最初の登場シーンからその姿はうら若き少女そのもので、純真な眼差しでこの上なく清らかな歌声を響かせる。ヴィブラートのきいた高音はどこか儚げである。ピンカートンとの二重唱の際も、その名の通り蝶のようにヒラヒラとあちこちを行き来したり、彼からの口づけをかわしたりする際のしぐさなど、可憐でチャーミングだ。ピンカートンがいなくなり3年経った第2幕以降になると、冒頭の無垢な姿はもはやなくなり翳りが生まれ、その歌声に重みが増す。女中のスズキに対して切に歌うアリア〈ある晴れた日に〉では、哀しみ、焦り、不安、あるいは期待など、不安定な情緒を見事に表現した繊細な歌唱をみせた。

中央:迫田美帆(蝶々さん)

 そのお相手であるピンカートンを演じたのは、初来日となるテノールのマリオ・ロハス。アメリカに本妻がいながら、若く可憐な蝶々さんに惚れ込みときめく姿はまさに猪突猛進だが、ロハスの歌唱はのちに一人残された蝶々さんが寂しさのあまり錯乱するのも仕方がない……と思わせる説得力がある、まっすぐ堂々としたもの。終盤で蝶々さんを傷つけてしまったことを後悔する場面でも、不誠実であるはずのピンカートンが誠実にすら見えた。

右:マリオ・ロハス(ピンカートン)

 ピンカートンのキャラクターを際立たせたのが、日本に駐在するアメリカ人領事のシャープレスを演じたエドワード・パークス。思いのままに振る舞うピンカートンを諭す役割にマッチした、慎重さを兼ね備えた深みのある声が特徴的で、男声2人の対照性で物語に深みを与えた。同じく名脇役として特筆したいのが、スズキを演じた林美智子だ。特に第2幕以降、混乱に陥る蝶々さんに寄り添う様子に安定感があった。感情を前面的に表出することはないものの、蝶々さんが喜んだり悲しんだりする側でともに涙を流す場面では、慎ましさの中にも芯の強さを秘める。蝶々さんを見守ることしかできないわれわれ観客と同じ立場であり、この舞台に欠かせない存在であるスズキを、力強く演じていた。

左:エドワード・パークス(シャープレス)
左:林美智子(スズキ)

 オーケストラは、同センター専属の兵庫芸術文化センター管弦楽団(PACオーケストラ)。佐渡裕は、プッチーニならではのクルクルと変わる音楽の表情を的確なタクトでコントロール。アリアの盛り上がりではしっかりと歌い込ませるなど、緩急のバランスもよく流麗そのものだ。オーケストラ側も歌手や演出上の表現の変化に対し、細やかかつ有機的に応えているようだった。

 飯塚励生の手がける演出は、栗山演出の特徴であった日本的な美学を継承した、端正で美しいものであった。舞台上にあるのは、蝶々夫人とピンカートンが過ごす日本家屋と、その外にある大きな桜の木。静かに花びらが舞い落ち、幻想的に日本の風景をつくりだす。第2幕以降に登場する家屋の室内は整然としていて生活感が少なく、その“余白”の多さがピンカートン不在による空虚感をさらに際立たせるのであった。

 鮮やかさと淡さを兼ね備えた照明も効果的だった。〈ある晴れた日に〉では、空は晴れているはずなのにどこか濃淡の紺色であり、太陽の沈んだ夕方の照明は、不吉な予感を抱かせる赤に近い橙色。幻想的でありながら、どこかゾッとさせる色づかいが印象的だった。華やかに桜の花びらが舞う中で蝶々さんが命を絶つラストシーンは、背中に蝶の刺繍が施された婚礼衣装に身を包んだ蝶々さんが、この世ならざるものとして浮かび上がる。これらの演出上の美しさは、短くも激動の人生を生きた彼女の悲劇をより儚く際立たせていたように思う。

 今回はダブルキャストで8公演の実施を予定しているが、現在はすべてチケットが売り切れているそうだ。2006年に本作品でスタートを切り、コロナ禍を挟みながらも、今に至るまでさまざまな名作の上演を重ね、好評を得てきた結果が表れている。もう一方のキャスト陣も含めて、ゲネプロでみせてくれた熱演が本公演でも発揮されるよう、期待したい。

Information

佐渡裕芸術監督プロデュースオペラ2024
プッチーニ 没後100年/初演120周年
歌劇 《蝶々夫人》
(全3幕/イタリア語上演・日本語字幕付/改訂新制作)

2024.7/12(金)、7/13(土)、7/14(日)、7/15(月・祝)、7/17(水)、7/18(木)、7/20(土)、7/21(日)
各日14:00 兵庫県立芸術文化センター KOBELCO 大ホール

指揮:佐渡裕
原演出:栗山昌良
再演演出:飯塚励生
管弦楽:兵庫芸術文化センター管弦楽団

出演
蝶々さん:迫田美帆★ 高野百合絵☆
スズキ:林美智子★ 清水華澄☆
B.F.ピンカートン:マリオ・ロハス★ 笛田博昭☆
シャープレス:エドワード・パークス★ 髙田智宏☆
ゴロー:清原邦仁★ 高橋淳☆
ヤマドリ:晴雅彦★ 町英和☆
ボンゾ:斉木健詞★ 伊藤貴之☆
役人:的場正剛★ 湯浅貴斗☆
(以下両組共通)
ケイト・ピンカートン:キャロリン・スプルール
ヤクシデ:西村明浩
書記官:時宗務
蝶々さんの母:森千夏
叔母:梨谷桃子
従妹:南さゆり

合唱:ひょうごプロデュースオペラ合唱団

★7/12、7/14、7/17、7/20 ☆7/13、7/15、7/18、7/21

問:芸術文化センターチケットオフィス0798-68-0255

兵庫県立芸術文化センター
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