小林研一郎(指揮) 日本フィルハーモニー交響楽団

二人の芸術家の軌跡が楽聖の“傑作”で交わる

左:小林研一郎 ©山本倫子
右:エリソ・ヴィルサラーゼ ©Nikolai Puschilin

 信念の人である。しかも熱く、感情の濃い人である。だから、一本気で頑固にもみえるが、そうして愛する音楽への芯をしっかりと貫いてきたに違いない。

 小林研一郎とエリソ・ヴィルサラーゼ、両者の話である。指揮者とピアニストはほぼ同世代で、第2次世界大戦の時代に生まれ、いまや80代を歩んでいる。若い演奏家たちに厳しく温かな心で接し続けてきたのも共通点だろう。

 ヴィルサラーゼは、演奏会と後進の指導を含めたさまざまな局面で、近年足しげく日本を訪れ、情熱と確信に満ちた姿をみせている。小林とは2018年7月の読響定期で共演し、ベートーヴェンのピアノ協奏曲第1番ハ長調op.15に、揺るぎない存在感をもって豊かな内実を示していたのが鮮やかな記憶だ。

 数年がめぐり、この初夏の共演に選ばれたのは同じベートーヴェン最後のピアノ協奏曲第5番変ホ長調op.73、堂々たる覇気に漲る傑作だ。しかも、コンサートはオール・ベートーヴェンで、後半には交響曲第6番ヘ長調op.68が組まれている。「皇帝」も「田園」も前後して偉才のいわゆる「傑作の森」をなす名作だが、名曲こそ名演で聴くにかぎる。

 ベートーヴェンはそれぞれの音楽家人生を通じて中心に見据えられてきた作曲家に違いなく、時代を生き抜いてきたふたりの共演にまさにふさわしい。桂冠名誉指揮者の小林が日本フィルと長らく築いてきた信頼がそれを篤く実らせることだろう。

 ここまで「円熟」や「巨匠」といった言葉を用いずに記してきたのは、ふたりの熱き心が、いつまでも純粋なまでの若さを保っていると信じられるからだ。
文:青澤隆明
(ぶらあぼ2024年6月号より)

第398回 横浜定期演奏会
2024.6/15(土)17:00 横浜みなとみらいホール

第405回 名曲コンサート
2024.6/16(日)14:00 サントリーホール
問:日本フィル・サービスセンター03-5378-5911 
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