INTERVIEW イエルーン・ベルワルツ(トランペット)

マルチな鬼才が魅せるブラスの花形の豊かな世界

取材・文:小室敬幸

 首席奏者を務めたハンブルク北ドイツ放送交響楽団を離れて、今年で丸10年。年齢も50代目前になるので、もう全然若手ではない。いま現在、イエルーン・ベルワルツこそが世界中のトランペット奏者のなかで最高峰に位置付けられる存在のひとりだ。親日家としても知られ、邦人作品も積極的に取り上げてきた。

「これまで何回日本に来たかなんて数えきれないですよ(笑)。(コロナ禍前には)年に二度のペースで来日していますから。今も20年ほど前に初めて訪れた時と変わらず、この美しい国が大好きなのです。音楽に関していえば、私にとって非常に重要なのが、作曲家・細川俊夫さんとのコラボレーションです。彼は私のためにトランペット作品をいくつか書いてくれているのですが、それらはもう既によく演奏されるようになっていて、トランペットのスタンダードなレパートリーになりつつあるんですよ。細川さんのトランペット協奏曲『霧のなかで』を2回――NHK交響楽団と東京フィルハーモニー交響楽団で――も演奏できたことは私と日本との関わりにおいて、ハイライトのひとつになりました」

イエルーン・ベルワルツ

 現代音楽にも熱心だが、ベルワルツといえばジャンルを問わずに様々な音楽をプログラムで取り上げるのが常だ。しかも音楽院でジャズヴォーカルを学んだりと、その熱意は生半可なものではない。

「人はみな聴いてきたものに影響を受けますよね? 私の場合、クラシック、ジャズ、ロックと実際にあらゆる音楽を聴きながら育ちましたから、自然な成り行きなのです。ところが多くの演奏家は他のスタイルをあまり知らないまま、自分が演奏するのはクラシックかジャズかというように何かひとつに決め込んでしまいがちなことを残念に思っています。私は今もできうる限り広い視野を持つように心がけており、それこそが聴衆の皆さんと分かち合いたいことでもあるのです」

 今回の来日でもバラエティに富んだ3つのプログラムを聴かせてくれる。まずは3月13日&15日、ジャパン・スペシャル・ブラス・プレイヤーズという名の通り、N響首席トランペット奏者の長谷川智之ら日本を代表する金管楽器奏者との共演による金管十重奏(+打楽器)だ。バロックのパーセル、ロマン派のビゼー、近代のアイヴズ、現代のプレヴィンやヘンツェと時代は様々だが、旋律も明快で金管楽器の多彩な表現を堪能できるプログラムとなっている。

「ブラス・アンサンブルのコンサートではいつも、なるべく新しい作品を探して取り入れるようにしています。特に今回プレヴィンやヘンツェといった日本では演奏される機会の少ない作品をお届けできることが嬉しいですね。今回共演するブラスのメンバーの皆さんは以前からお付き合いのある方もいるので、このスペシャルなコラボレーションを心から楽しみにしています!」

長谷川智之

 3月17日&19日のリサイタルではベルリンを拠点に活躍するピアニストの仁上亜希子を迎え、CDでも録音してきたようなベルワルツが得意とするレパートリーをたっぷり楽しめる。

「プログラムの前半は、私の出身地であるベルギーの音楽を取り入れています。テオ・シャルリエはベルギーの作曲家・トランペット奏者で、この楽器の世界ではもっとも大きな音楽的影響をもたらした人物のひとりと言ってよいでしょう。ジョゼフ・ジョンゲンはシャルリエのために作曲をしました。そしてピアノ・ソロでお届けするフランス音楽のドビュッシーもまた、ベルギーから影響を受けている部分もあります。ガーシュウィンの『ラプソディ・イン・ブルー』は、偉大なトランペット奏者ドクシツェルの編曲でお届けします。プログラムの最後に彼を讃えたいと思います」

 ウクライナ出身のティモフェイ・ドクシツェル(1921〜2005)は、ボリショイ劇場で首席奏者を務め、アルチュニアンのトランペット協奏曲を献呈された、ソ連時代の偉大なトランペット奏者。彼が自由にアレンジと再構成をしたラプソディ・イン・ブルーは、この楽器の多彩な音色と表現が引き出されていくので必聴だ。

仁上亜希子

 そして最後、3月23日には近年は東京公演などでも話題を呼んだ愛知室内オーケストラと共演。2019年まで長年にわたり新日本フィルの首席奏者を担い、現在は後進の育成に加え愛知室内オーケストラの首席客演奏者も務める服部孝也が、ジャパン・スペシャル・ブラス・プレイヤーズに続き、こちらでも共演する。

「このプログラムでは全体を通してまったく異なるスタイルの音楽を演奏するので、本当にチャレンジングです。トランペットが火を吹く……なんて表現がありますが、この日は本当に炎が見えるに違いありません(笑)。トランペットの宴会となるでしょう」

服部孝也

 この公演ではヴィト・ジュラージ(1979〜 )、ニーナ・シェンク(1982〜 )という男女2人のスロベニアの作曲家による新作が初演されるのも贅沢だ!

「シェンクの作品はとても瞑想的で美しいメロディーが特徴的。一方でジュラージは、メランコリックな心情を持つクレイジーな人物を音楽で表現しています。これらの対照的な2つの作品が大好きで、将来的にも機会があればもっと演奏していきたいと思っています。それにしても日本の聴衆の皆さんにまたお会いできるのが待ち遠しいです。コンサートを通じて、皆さんをエモーショナルで、妙技に満ちた本物の旅へとお連れします! 私たち皆で、私たち自身の未来、そして次世代のための未来を創造しているのですから」

【Information】

■ジャパン・スペシャル・ブラス・プレイヤーズ
~イエルーン・ベルワルツを迎えて~

【東京公演】
2024.3/13(水)19:00 紀尾井ホール
【京都公演】
3/15(金)19:00 京都コンサートホール アンサンブルホールムラタ
〈出演〉
イエルーン・ベルワルツ、服部孝也、長谷川智之、尹千浩(以上トランペット)
濵地宗(ホルン)
桒田晃、新田幹男、伊藤雄太(以上トロンボーン)
野々下興一(バストロンボーン)
佐藤和彦(テューバ)
森田和敬(パーカッション)
〈曲目〉
パーセル:《妖精の女王》組曲より
プレヴィン:ブラスのためのトリオレットより
ヘンツェ(M.ヴェングラー編):ラグタイムとハバネラより
アイヴズ(E.クリース編):アメリカ組曲
ビゼー(R.ハーヴェイ編):カルメン組曲

■イエルーン・ベルワルツ トランペット・リサイタル
“黄金のトランペット”

【札幌公演】
3/17(日)13:30 札幌コンサートホール Kitara(小)
【東京公演】
3/19(火)19:00 Hakuju Hall
〈出演〉
イエルーン・ベルワルツ(トランペット)
仁上亜希子(ピアノ)
〈曲目〉
シャルリエ:ソロ・ド・コンクール第2番
ドビュッシー:英雄の子守歌 *ピアノ・ソロ
シャルリエ:36の超絶技巧練習曲より第2番 *トランペット・ソロ
ドビュッシー:ヒースの茂る荒れ地(前奏曲集第2巻より)*ピアノ・ソロ
ジョンゲン:コンチェルティーノ op.41
ヒンデミット:トランペット・ソナタ
ラヴェル:亡き王女のためのパヴァーヌ *ピアノ・ソロ
ガーシュウィン(T.ドクシツェル編):ラプソディ・イン・ブルー

愛知室内オーケストラ 特別演奏会
イエルーン・ベルワルツ × 服部孝也 ―卓越したトランペットの妙技―

3/23(土)14:00 東海市芸術劇場
〈出演〉
大井剛史(指揮)
イエルーン・ベルワルツ、服部孝也(以上トランペット)
愛知室内オーケストラ
〈曲目〉
アダムス:Tromba Lontana
ニーナ・シェンク:A Moment of Reflection(共同委嘱・新作初演)
アイヴズ:答えのない質問
ヴィト・ジュラージ:Le fou triste(共同委嘱・新作初演)
ハイドン:トランペット協奏曲
ワーグナー:ジークフリート牧歌
ヴィヴァルディ:2本のトランペットのための協奏曲

問:パシフィック・コンサート・マネジメント03-3552-3831
http://www.pacific-concert.co.jp