音楽評論家・山田治生が選ぶ2023年マイ・ベスト公演

いまだ戦争の収束は見えないが、約3年に及んだ感染症による混乱から徐々に日常を取り戻しつつある昨今。2023年は、久しぶりの来日となった外来組も多く、クラシック音楽界にとって再会と躍進を感じる年となりました。そんな一年を振り返って、評論家3名による2023年のマイ・ベスト公演をそれぞれの目線で選んでいただきました。2人目は音楽評論家の山田治生さんによるオーケストラ公演を中心としたふりかえりです。
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文:山田治生

 2023年、オーケストラ界も、5月に新型コロナウイルス感染症が5類に移行されて様々な制限がなくなり、コロナ禍前の日常が戻りつつある。
 その象徴は、NHK交響楽団第2000回定期公演を記念して上演したマーラーの交響曲第8番「一千人の交響曲」に違いない。舞台上に300名に及ぶ奏者や歌い手が集い、首席指揮者ファビオ・ルイージの指揮のもと、まさに濃“密”な時間を堪能することができた。演奏も記念演奏会にふさわしい、非常にレベルが高くかつ熱いものであった。

ファビオ・ルイージ指揮 NHK交響楽団
提供:NHK交響楽団
提供:NHK交響楽団

 海外のオーケストラも大挙来日した。とりわけ秋の東京では、世界的な音楽祭に引けを取らない、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団、ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団など世界最高峰のオーケストラの演奏会が続いた。

 最大の注目は、キリル・ペトレンコ&ベルリン・フィルのコンビでの初来日公演であろう。モーツァルトの交響曲第29番、ベルクの「3つの小品」、ブラームスの交響曲第4番というプログラムを聴いたが、(第1ヴァイオリンが)10型、16型、14型と柔軟に弦楽器の編成を変え、それぞれのレパートリーで最高レベルの演奏を披露した。2019年にペトレンコが首席指揮者に就任して4年。両者の関係性の良さと深さを実感した。

 ウィーン・フィルは、トゥガン・ソヒエフが指揮を務めた。R.シュトラウスの「ツァラトゥストラはかく語りき」は、ウィーン・フィルの優美で鮮やかな演奏に、作品自体の魅力をあらためて感じた。ブラームスの交響曲第1番も力まず、伸びやかな演奏。ここでも指揮者とオーケストラの相性の良さがわかり、両者の今後の関係の発展に期待したくなった。

キリル・ペトレンコ指揮
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(C)Monika Rittershaus
トゥガン・ソヒエフ指揮
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
(C)Naoya Ikegami/SUNTORY HALL
ファビオ・ルイージ指揮
ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団
(C)Julian Breen
山田和樹指揮 バーミンガム市交響楽団
(C)千葉秀河/ジャパン・アーツ

 ロイヤル・コンセルトヘボウ管ルイージの客演で、チャイコフスキーの交響曲第5番やドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」を持ってきた。パーヴォ・ヤルヴィと新しいパートナー、チューリッヒ・トーンハレ管弦楽団との初来日では、ブラームスの交響曲第1番、ベートーヴェンの交響曲第5番「運命」などが演奏された。ともに楽団の魅力は示されたが、名曲中心プログラムで、選曲にもう一工夫ほしかった。

 23年4月に首席指揮者に就任した山田和樹バーミンガム市交響楽団との来日公演は、日本の聴衆へのコンビのお披露目となるツアーであった。エルガーの交響曲第1番は、山田が全身全霊でオーケストラから力を引き出し、心を束ねた、感動的な演奏であった。クラウス・マケラ&オスロ・フィルハーモニー管弦楽団では、シベリウスの交響曲第2番と第5番を聴いた。両者がともに情熱的で、予想以上に熱いシベリウスがとても印象に残った。アンドリス・ネルソンス&ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団のブルックナーの交響曲第9番では、ネルソンスの(第4楽章があることを想定しないで)第3楽章をクライマックスとする解釈にドラマとしての説得力を感じた。

クラウス・マケラ指揮 オスロ・フィルハーモニー管弦楽団
(C)堀田力丸
アンドリス・ネルソンス指揮
ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団
(C)Konrad Stoehr
カーチュン・ウォン指揮 日本フィルハーモニー交響楽団
(C)山口敦
佐渡裕指揮 新日本フィルハーモニー交響楽団
(C)堀田力丸

 日本のオーケストラでは、カーチュン・ウォン日本フィルハーモニー交響楽団首席指揮者就任披露演奏会のマーラーの交響曲第3番が感動的であった。日本フィルが気合いの入った、かつ、安定感のある演奏を聴かせてくれた。今後がますます楽しみになる。佐渡裕新日本フィルハーモニー交響楽団音楽監督披露となった定期演奏会では、オーケストラが総力をあげてR.シュトラウスの「アルプス交響曲」を演奏。10月のブルックナーの交響曲第4番「ロマンティック」では、佐渡が、余裕をもって金管楽器を吹奏させ、美しい響きを作り出していた。ウィーンでの活動が彼の音楽作りに影響を与えているに違いない。東京での沖澤のどか京都市交響楽団常任指揮者就任披露公演は、ベートーヴェンの交響曲第4番とギョーム・コネソンの「コスミック・トリロジー」。ベートーヴェンは、明晰で美しく気品溢れる演奏。コネソンでは沖澤が現代作品への適性を示した。

沖澤のどか指揮 京都市交響楽団
(C)京都市交響楽団
反田恭平&ジャパン・ナショナル・オーケストラ
撮影:AMANEQ
リチャード・トネッティ&紀尾井ホール室内管弦楽団
(C)TomokoHidaki
山田和樹指揮 読売日本交響楽団
(C)読響/撮影:藤本崇

 そのほか、指揮活動も本格化した反田恭平が率いるジャパン・ナショナル・オーケストラでは、モーツァルトの交響曲第40番がよく考えられた演奏で、聴き応えがあった。リチャード・トネッティ紀尾井ホール室内管弦楽団で弾き振りしたモーツァルトの交響曲第41番「ジュピター」(管楽器を含めて立奏!)は鮮烈な演奏だった。山田和樹は、国内オーケストラでも、東京都交響楽団との三善晃プログラム、読売日本交響楽団との黛敏郎の「曼荼羅交響曲」とマーラーの交響曲第6番、日本フィルとのウォルトンの交響曲第2番で目覚ましい演奏を繰り広げ、大活躍。井上道義&群馬交響楽団のショスタコーヴィチの交響曲第4番が凄演。2024年限りで指揮活動から引退するという井上の指揮に群響が総力で応えていた。 

井上道義指揮 群馬交響楽団
提供:群馬交響楽団
ジョナサン・ノット指揮 東京交響楽団《エレクトラ》
(C)N.Ikegam
東京春祭ワーグナー・シリーズ《ニュルンベルクのマイスタージンガー》 マレク・ヤノフスキ&NHK交響楽団
写真提供:東京・春・音楽祭実行委員会/撮影:池上直哉
イタリア・オペラ・アカデミー in 東京
リッカルド・ムーティ指揮《仮面舞踏会》
写真提供:東京・春・音楽祭実行委員会/撮影:平舘 平

 これらはオペラのジャンルでとりあげるべきなのか、オーケストラ公演としてとりあげるべきなのか、演奏会形式やセミ・ステージでのオペラ上演に優れたものが多かった。ジョナサン・ノット&東京交響楽団のR.シュトラウスの《エレクトラ》チョン・ミョンフン&東京フィルハーモニー交響楽団のヴェルディの《オテロ》マレク・ヤノフスキ&NHK交響楽団のワーグナーの《ニュルンベルクのマイスタージンガー》リッカルド・ムーティ&東京春祭オーケストラのヴェルディの《仮面舞踏会》などである。

【Profile】
山田治生
音楽評論家。1964年、京都市生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。著書に『トスカニーニ 大指揮者の生涯とその時代』、小澤征爾の評伝である『音楽の旅人』、『いまどきのクラシックの愉しみ方/ツィッター演奏会日記2010.4~2012.6』(以上、アルファベータ)、編著書に『オペラガイド130編』(成美堂出版)、『日本のオペラ』、『戦後のオペラ』、『バロック・オペラ』(以上、新国立劇場情報センター)、訳書にジョナサン・コット著『レナード・バーンスタイン ザ・ラスト・ロング・インタビュー』(アルファベータ)などがある。