【GPレポート】 東京二期会が宮本亞門演出で描く三島由紀夫原作オペラ第2弾《午後の曳航》

  東京二期会のオペラ《午後の曳航》(三島由紀夫原作、ハンス・ヴェルナー・ヘンツェ作曲) が11月23日(木・祝)に初日を迎える。これが日本では初めての舞台上演であり、2005年改訂ドイツ語版の日本初演。三島作品へのひとかたならぬ思いを公言する宮本亞門の演出による新制作。話題の舞台だ。直前の最終総稽古(ゲネラルプローベ)を取材した。
(2023.11/21 日生劇場 取材・文:宮本 明 撮影:寺司正彦 写真提供:東京二期会)

 物語の舞台は横浜。母と二人で暮らす登は海に憧れる13歳の少年。母の恋人である航海士・塚崎は登にとっても英雄的存在なのだが、やがて海の栄光を捨てて母との結婚を選ぶ塚崎の小市民的な凡庸に絶望し、彼を英雄に戻すために恐ろしい計画を実行する。

 エピソードの取捨選択や順番の入れ替えはあるものの、大筋のストーリーは三島の原作にほぼ忠実に構成されている。第1部〈夏〉、第2部〈冬〉の全14場。各場は数分から10数分と短いので展開がスピーディ。おおむね1分程度の「転換の音楽」が間奏曲のように挿入されて切れ目なく各場を結んでいる。

 音楽に調性はなく、旋律も峻厳だが、調的な和音も散りばめられているので、現代の聴衆の耳には、さほど難解な印象を与えないのではないだろうか。とはいえ、そう感じさせるのは演奏レベルの高さゆえでもあるだろう(管弦楽はアレホ・ペレス指揮・新日本フィル)。とくに歌手陣には高度なソルフェージュ能力が要求されるはずだ。

中央:山本耕平(登/3号)
前列左より:菅原洋平(4号)、久保法之(2号)、友清 崇(1号)、山本耕平(登/3号)、北川辰彦(5号)

 この日のゲネプロは11月23、25日出演チームによるもの。主人公の登(テノール)は山本耕平。「13歳」をどう表現するかはこの役の勘どころ。山本は明るくクリアな響きと、憂いを含んだ陰影のある響きの両方を使って、無垢でまっすぐな少年らしさと、それゆえの身勝手な残忍さをあらわしていたと思う。

 登の母・黒田房子(ソプラノ)は林正子。登場人物の内面を深く読み込んだ林の役作りにはいつも心を打たれる。ヘンツェは房子の配役にわざわざ「リリック・ソプラノ」と書き込んでいるが、実際にはよりドラマティックな声も求められている。適役だ。最終場の直前、塚崎との愛の生活に浸る独白アリアで、独奏ヴァイオリンを伴う最高音Dに至るカデンツァは房子役最大の聴きどころ。

山本耕平(登/3号)
左:林正子(黒田房子) 右:与那城 敬(塚崎竜二)

 塚崎竜二(バリトン)は与那城敬。自分の気持ちに正直に振る舞い、房子を愛し、連れ子となる登にも親密に接しているのに、それゆえに少年たちの粛清の対象になってしまうという理不尽な扱いを受ける役。二枚目なバリトンの響きがそのある種の愚直さに、じつにふさわしい。塚崎と房子のベッドシーンでは、与那城は上半身裸、林は下着姿と、二人とも体当たりの演技で魅せた。

 登と行動をともにする13歳の少年グループは5人。ヘンツェは彼らを五重唱の男声アンサンブルに仕立てた。カウンターテナー(2号・久保法之)/テノール(3号=登)/バリトン(1号=首領・友清崇)/バリトン(4号・菅原洋平)/バス(5号・北川辰彦)。原作では6人(首領と1~5号)のグループが5人になっているのは、声部の都合なのだろう。

中央:山本耕平(登/3号)

 宮本亞門の演出はモノトーンが基調。作品のテーマのひとつである「海」も墨絵のようにモノクロで描かれる。黒と白の世界の中に際立つ、房子のカラフルな衣裳は、このオペラのなかで彼女が唯一の女性役であることと呼応しているだろう。

 前奏が始まってすぐ、舞台前面に巨大な「眼」が映し出される。いうまでもなく、この物語の核ともいえる、登が母親の情事を覗く行為の象徴だ。続いて浮かび上がる制帽の少年は、十代の三島だったか。

 宮本は、次々に展開する場をつなぐ「転換の音楽」を巧みに利用して、舞台転換そのものを鮮やかに“見せる”要素にした。ちょっと字幕を見ているすきに、あっという間に公園の木立が出現した。

 舞台上には終始、最大12人のダンサーたちがうごめいている。おもに登の心象を表現する役割と思われるが、ときには少年グループの手下のように振る舞ったり、上述の舞台転換時には“黒子”となって舞台装置を動かしたりもする活躍ぶり。

 物語のハイライトのひとつが少年たちの猫殺しだ。このオペラでは描かれていないが、原作では解剖の描写もあるショッキングなシーン。じっさい1976年に日米英合作で映画化された際は、そのグロテスクな映像表現のせいで上映できない国もあったという。そこは今回ちょっとドキドキだったのだけれど、リアルな猫の姿や血は見せない穏当な描き方で安心。その少年グループは『東京リベンジャーズ』のヤンキー中学生のような学ラン姿。彼らのTシャツの色が赤、黄、オレンジ、緑と戦隊ヒーロー風なのはちょっとした遊び心かも。

 登が塚崎にナイフを振り下ろそうとするラストシーン。宮本は原作でもリブレットでもその場にいないはずの母・房子を現場に立ち合わせた。これは残酷だ。神戸連続児童殺傷事件の「少年A」の母親が書いた手記の、なんとも救われない悲痛なトーンが頭をよぎる。

 ヘンツェはこのオペラを、当初《裏切られた海》(原題:Das Vfrrantne Meer)のタイトルで1989年に完成、翌1990年5月にベルリン・ドイツ・オペラで初演された(指揮マルクス・シュテンツ、演出ゲッツ・フリードリヒ)。2003年にゲルト・アルブレヒト指揮読売日本交響楽団がコンサート形式で日本初演する際に日本語版を作成。歌詞だけでなく音楽も改訂し、タイトルも原作どおり《午後の曳航》とした(原題も《Gogo no Eiko》に改題)。ヘンツェはそれをベースにさらに改訂を重ね、2005年に再度ドイツ語版も作成して決定稿とした。今回上演されるのがこれ(ただし数箇所のカットが施されてはいるようだ)。公演は二期会創立70周年記念および日生劇場開館60周年記念シリーズの一環。

Information

二期会創立70周年記念公演/日生劇場開場60周年記念公演
東京二期会オペラ劇場 NISSAY OPERA 2023提携
《午後の曳航》(新制作)


2023.11/23日(木・祝)17:00、11/24(金)14:00、11/25(土)14:00、11/26(日)14:00
日生劇場

原作:三島由紀夫
台本:ハンス=ウルリッヒ・トライヒェル
作曲:ハンス・ヴェルナー・ヘンツェ

演出:宮本亞門
指揮:アレホ・ペレス
管弦楽:新日本フィルハーモニー交響楽団

黒田房子: 林正子(11/23, 11/25) 北原瑠美(11/24, 11/26)
登/3号:山本耕平(11/23, 11/25) 新堂由暁(11/24, 11/26)
塚崎竜二: 与那城 敬(11/23, 11/25) 小森輝彦(11/24, 11/26)
1号:友清 崇(11/23, 11/25) 加耒 徹(11/24, 11/26)
2号:久保法之※(11/23, 11/25) 眞弓創一※(11/24, 11/26)
4号:菅原洋平(11/23, 11/25) 髙田智士(11/24, 11/26)
5号:北川辰彦(11/23, 11/25) 水島正樹(11/24, 11/26)
航海士:市川浩平(11/23, 11/25) 河野大樹(11/24, 11/26)
※ゲスト出演

ダンサー:池上たっくん、石山一輝、岩下貴史、後藤裕磨、澤村 亮、高間淳平、巽imustat、中内天摩、中島祐太、パトリック・アキラ、丸山岳人、山本紫遠

問:二期会チケットセンター03-3796-1831
http://www.nikikai.net
http://www.nikikai.net/lineup/gogonoeiko2023/

チケットの購入は、電子チケット teket ウェブサイトから↓