レイフ・オヴェ・アンスネス(ピアノ)

研ぎ澄まされたタッチから生み出される透徹した音色に耳を傾ける

(c)Helge Hansen/Sony Music Entertainment

 筆者にとって、レイフ・オヴェ・アンスネスはいつも「旬」のピアニスト。余分なものを削ぎ落とした、その真摯かつ洗練されたピアニズムを聴くたびに心が洗われる。

 リサイタルやコンチェルトはもちろん、日本ではあまり聴く機会がないけれど、歌曲の伴奏や室内楽にも長けた多彩な顔をもつアーティストであり、レパートリーも古典派やロマン派の定番を核にしつつも、歴史の中で埋もれてしまった曲にもきめ細やかな感性とゆるぎない技巧で光を当ててきた。

ドヴォルザークの秘曲

 この秋、7年ぶりとなる東京オペラシティ コンサートホールでのリサイタル(来日自体は4年半ぶり)で取り上げるドヴォルザークの「詩的な音画」(抜粋)は、昨シーズン、欧米各地でのリサイタルで絶賛を博した彼の旬のレパートリー。筆者も昨秋ベルリンで聴いたが、華やかでありながらどこか懐かしく、心に直接語りかけてくる詩情あふれる音楽だ。

 「『詩的な音画』は、ピアノ五重奏曲や交響曲第8番などと同時期に書かれたドヴォルザークの黄金期の作品なのですが、残念ながら彼のピアノ曲は不当な評価を受けてきました。有名なのは『ユーモレスク』ぐらいでしょう——実は原曲はピアノなんですよ」とアンスネス。

 「昨年11月にプラハのルドルフ・フィルクシュニー音楽祭で『詩的な音画』を全曲弾いた際に、フィルクシュニーの娘さんにお会いしたのですが、(ドヴォルザーク作品もよく弾いていた)お父さんが弾いているのを聴いた記憶がないとおっしゃっていました(補足:数曲録音はしている)。こんなにすばらしい曲集なのに広く親しまれていないのが驚きです。13曲の中には芸術性の高い曲もあれば、舞曲や民謡風の庶民的な曲もあり、そうした日常と崇高な音楽が隣り合わせである点も大きな魅力だと感じています」

ブラームス後期作品の豊穣

 旬といえば、ブラームスの「7つの幻想曲」作品116もこの夏、母国ノルウェーで主宰する音楽祭で取り組んだばかりの曲だ。

 「これまでブラームスの後期のピアノ曲は作品117ぐらいで、ほとんど弾いてきませんでした。どうしても晩年のブラームスというと、ひげをはやした老年の作曲家による憂愁に満ちた音楽といったイメージが強いですが、実際には若々しさも喜びもあり、『7つの幻想曲』は色彩や曲想も変化に富んでいます。ツィクルスとして構想されたわけではありませんが、曲の配列も巧みで、ひとつの世界として体験いただけると思います」

 プログラムを補完するのはシューベルトのピアノ・ソナタ第14番(D784)とベートーヴェンの「悲愴」ソナタ。いずれも緊迫感とドラマに満ちた短調のソナタで、ドヴォルザークとブラームスの詩情と鮮やかな対比をなす。

 「多彩なプログラムですが、日本に来られなかった間に私が取り組んできた曲や今弾いている曲を皆様に聴いていただきたいと選びました」

 近年のアンスネスは、マーラー・チェンバー・オーケストラとの「ベートーヴェン・ジャーニー」や「モーツァルト・モメンタム」など大型の企画を手がけてきたが、当面はそうした予定はなく、プロジェクトに縛られない自由を満喫しているとのこと。今はコロナ禍を経て、再び北米や日本を訪れることができるようになって嬉しいと話す。今後取り上げるレパートリーとしては、ショパンの前奏曲集とノルウェーの作曲家ゲイル・トヴェイト(1908〜81)のピアノ・ソナタ第29番を挙げ、「これからも有名な曲も無名な曲も取り混ぜていきたい」と展望を語った。
取材・文:後藤菜穂子
(ぶらあぼ2023年10月号より)

レイフ・オヴェ・アンスネス ピアノリサイタル
2023.10/23(月)19:00 東京オペラシティ コンサートホール
問:東京オペラシティチケットセンター03-5353-9999 
https://www.operacity.jp

他公演
2023.10/21(土) 兵庫県立芸術文化センター(0798-68-0255)
10/22(日) 所沢市民文化センター ミューズ アークホール(04-2998-7777)