鬼才ネマニャ・ラドゥロヴィチ&ドゥーブル・サンスが1月に待望の再来日

生きる喜びを真率に謳う、ネマニャと仲間たちの新たな冒険

ネマニャ・ラドゥロヴィチ ⒸHiromichi Nozawa

 生きていれば、いろいろなことがある。
 そう軽々しくは口にできないほど、悲惨なことが世界中で起こっている。最悪なのは憎悪の連鎖で、それが煽る争いが生むのは、癒しようのない傷ばかりだ。

 音楽は絆を育む。そしてなにより、ともに生きる喜びである。ネマニャ・ラドゥロヴィチのヴァイオリンは、そのことを明快に、くっきりと示してきた。そこに息づくのは、輝かしい生命の喜びにほかならない。

 ネマニャ・ラドゥロヴィチはセルビアに生まれ、14歳で渡仏して、パリ国立高等音楽院でパトリス・フォンタナローザに師事、クレモナでサルヴァトーレ・アッカルドの指導も受けた。しっかりとした西ヨーロッパ音楽の基礎を得たうえで、越境的なもの、多民族的なものを旅するように冒険をくり広げてきた。

 最近の成果で言えば、パンデミックの間に構想し、ドゥーブル・サンスの同志たちと結実させた『ROOTS』というアルバムで、アジアやラテン・アメリカへも羽を伸ばしつつ、フランス、スペイン、セルビア、ボスニア、ルーマニア、北マケドニア、イスラエルなど各地の音楽の根を探り当てるように旅していった。それぞれの民族楽器固有の発語に近づけ、奏法も工夫しつつ、多種多彩に織りなした驚きの音楽紀行である。そしてロックダウンが明けるや、これらのレパートリーを魂のトランクに携えて、実際に世界を旅し、「竹田の子守唄」も里帰りさせるように日本で演奏してみせた。

 「僕はつねに喜びを掘り下げていきたいし、日常の心配事や苦しみなど忘れて生きるエネルギーを汲み出すためのものを聴き手にも伝えたい。そういうふうに考えると、基本的にはシンプルであればあるほど、自分にとっての真実の語り口に近いのかな」と、同作をリリースしてほどなく、ネマニャ・ラドゥロヴィチは語っていた。

ⒸHiromichi Nozawa

 「それは、たくさんの難しいものを乗り越えた先にあるシンプルさです。僕の両親がいつも言っていました、生きることにおいては非常にシリアスでなければならないけれど、自分自身をシリアスに考えすぎてはいけない、と。僕はまわりの人が笑っているのをみるのがとても好きです。幸せだと思っているみんなに囲まれていると自分も幸せですしね」。喜びの根には、深い痛みや悲しみもあるのだろう。「もしかしたら、戦争体験というものが僕には大きいかもしれない。自分の悩みごとなんて大したことじゃない。なにが酷いかって、食べ物がなくて、人が死ぬということが最悪なのです。僕たちはこうやって楽しく生きられているのだから、それだけでもう感謝しましょうよ」と彼は静かに微笑んだのだった。

 ネマニャ・ラドゥロヴィチのヴァイオリンは、驚くほど自在にして、濃やかに繊細だ。つよく求める自由へと向かうのは自然な心の動きだが、しかし作品を大切に扱い、明朗な輝きを抽き出すことにおいては、実にていねいで精緻である。他者を尊重しながら、謙虚に自由を揮っていく、そのような表現を気づかっている。クラシックの演奏家としての彼のすぐれた資質の表れとみていい。

 2023年9月に来日した折、サッシャ・ゲッツェルが指揮する東京都交響楽団と、べートーヴェンのヴァイオリン協奏曲を弾くのを聴いても、そうした美質は明確に伝わってきた。彼一流の語り口を精緻に駆使しながら、ベートーヴェンの精神を高らかに讃えていた。

 この協奏曲に関しては、少し前の2022年冬にベオグラードで、ドゥーブル・サンスと共演したベートーヴェン・アルバムをまとめている。ヴァイオリン独奏と弦楽五部合奏のために自ら編曲した「クロイツェル・ソナタ」を堂々と組み合わせて。さらに2024年に入るとフランスで、バッハの多様な名曲を鮮やかに綴ったバッハ・アルバムも創りあげた。フルート・ソナタ、チェロ組曲、「マタイ受難曲」のアリアなども清新に織りなし、彼らにとってナチュラルなかたちで語りかけていく。

ドイツOpus Klassik 2024「年間最優秀コンサート録音」部門を受賞

 その豊かな冒険の実りが、新しい年のはじまり、2025年1月の来日コンサートで、堂々と披露されることになった。ネマニャ・ラドゥロヴィチとドゥーブル・サンスによるベートーヴェンとバッハへの讃歌である。ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ第9番「クロイツェル」の編曲版に、バッハのヴァイオリン協奏曲第1番 イ短調 BWV1041と、初期のヴァイオリン協奏曲をもとにしたとも言われるチェンバロ協奏曲 ニ短調 BWV1052があわせて採り上げられる。盟友どうしの才気煥発な対話から、即興的なものも含めて多様なアイディアが鏤められ、よく知られた名曲に新たな息づかいと精彩な感情が吹き込まれることだろう。

 いつまでも古くならないのが、人間の感情というもの。音楽とはさまざまな過去を生きぬいた喜びで、いまを照らす恵みであるからだ。

 「音楽のもっている可能性には、もっとも醜く不幸なものをも、美しく感じさせる力がある。僕はそう信じています。より善いものを、インスピレーションとしてみんなと分かち合うために、音楽を通して語ることができる。そうして自分は、ちゃんと喜びを生きているのだと思います」とネマニャ・ラドゥロヴィチは言っていた。「人生で、なにが起こるかはわからないものです。過去の経験が僕に与えてくれたいちばん善いものを、つねに自分のなかにもって、いまを生きていたい」。

文:青澤隆明

ネマニャ・ラドゥロヴィチ&ドゥーブル・サンス ©Edouard Brane

ネマニャ・ラドゥロヴィチ presents ドゥーブル・サンス
2025.1/24(金)19:00 東京オペラシティ コンサートホール

【出演】
ネマニャ・ラドゥロヴィチ(ヴァイオリン)
ドゥーブル・サンス (弦楽合奏/チェンバロ)

【プログラム】
ベートーヴェン(ラドゥロヴィチ編):
 ヴァイオリン・ソナタ第9番 イ長調 op.47「クロイツェル」(ヴァイオリン・ソロ & 弦楽合奏版)
J.S.バッハ:
 ヴァイオリン協奏曲第1番 イ短調 BWV1041
 ヴァイオリン協奏曲 ニ短調 BWV1052R (原曲:チェンバロ協奏曲)

問:Eアーツカンパニー info@earts.jp
https://earts.jp

他公演
2025.1/25(土) かつしかシンフォニーヒルズ モーツァルトホール(03-5670-2233)
2025.1/26(日) 兵庫県立芸術文化センター(0798-68-0255)

読売日本交響楽団 第678回名曲シリーズ
2025.1/16(木)19:00 サントリーホール(読響チケットセンター0570-00-4390)