INTERVIEW 安達朋博(ピアノ)

クロアチアに想いをこめて

取材・文:伊藤制子

 アドリア海の真珠と称される風光明媚な国クロアチア。2002年から同国で学び、現在はクロアチア音楽のスペシャリストとして、多彩な活動を展開するピアニストの安達朋博が、10月14日、サントリーホール大ホールでソロリサイタルを開催する。ブラームス国際音楽コンクール第2位をはじめ、数々の国際コンクールの受賞歴をもつ安達だが、10月のリサイタルは、「大ホールによく合う選曲」ということで、バッハ、クロアチアの女性作曲家ドラ・ペヤチェヴィッチのソナタ、そして、リストの「ベッリーニの歌劇《ノルマ》の回想」などから構成されている。

ⒸYuya Hanai

「バッハはぜひ弾きたいと考えていたのですが、今回は名ピアニストでもあったダルベール編曲の『パッサカリアとフーガ ハ短調』を選びました。原曲はオルガンです。和音を多少加えたりしていますが、基本的には原曲を忠実にソロ・ピアノに置き換えたという印象です。オルガンは足鍵盤があり、その約2オクターブの低音が左手に割り振られているので、難しい部分もありますが、大ホールで聴いていただくのにふさわしい豊かな響きの作品だと思います。
 実は、ハ短調は好きな調性なのですが、2023年がラフマニノフの生誕150年なので、同じ調性の『ショパンの主題による変奏曲』を選びました。変奏曲は、過去、現在、未来につながる人生や劇のような魅力があるのではないでしょうか。ラフマニノフはコンポーザー・ピアニストでしたし、彼の曲は難しいのですが、独特の手の癖のようなものがわかるとかなり楽になりますね。譜読みからだいたい弾けるようになるまでは少々時間がかかりますが、彼の手の癖をつかめると俄然弾きやすくなります。さすが名ピアニストだと感心しますね」

 今年没後100年になるクロアチアを代表する女性作曲家、ペヤチェヴィッチのソナタは、第一次世界大戦に書かれた作品だ。
「これまでペヤチェヴィッチのほとんどの作品の日本初演を手掛けてきました。彼女はクロアチアを代表する作曲家で、ソロ、室内楽、さらには、2曲の素晴らしいピアノ協奏曲もあります。貴族の生まれで恵まれた環境で才能を開花させましたが、大戦下では、従軍看護師としても働くなど、つねに社会への視線も失わなかった希有の音楽家でした。若くして亡くなりましたが、今でも彼女の小品などは広く知られています。今回弾くソナタは3楽章からなり、激しさのある第1楽章、ノスタルジーも感じさせる第2楽章、そしてロンドの第3楽章からなり、描写音楽ではありませんが、大戦下を過ごした彼女なりの思いが表れているように感じられます」

 ソロ活動に加えて、2011年からはソプラノ・中丸三千繪との共演でも高い評価を受けてきた。19年のG20大阪サミットでの晩餐会の文化行事に、中丸とともに出演したのも安達だ。
「中丸さんとは最初、代役の伴奏者としてご一緒したのですが、以来、しばしば共演しており、クロアチアの歌曲も歌っていただいています。今回リストの『ノルマの回想』を弾きますが、《ノルマ》のアリア〈清らかな女神よ〉で中丸さんの伴奏を何度も担当しました。この作品は、オペラのさまざまな場面をソロ・ピアノで表現しているのですが、残念ながら〈清らかな女神よ〉の部分は含まれていないんですね。リストは単に有名な部分ということではなく、ピアノ独奏としていかに効果的に演奏できるかを考えて、作曲しているように思います。高校時代、当時の恩師から、ピアノだけではなく、声楽作品も聴くようにと助言されて以来、オペラもとても好きですね」
 2014年に日本クロアチア音楽協会を設立した安達は、今後さらなる企画もあたためているという。
「19世紀にはすでにクロアチア語によるオペラも書かれています。クロアチア音楽に関心のある音楽家を集めて、いつかオペラを上演してみたいですね。現地からも歌手を招聘するなどして、実現できたらと考えています」

 1991年に独立したクロアチア。日本とも友好的な関係にあり、魚介類が美味しいなど、似ているところもあるという。
「今年はクロアチアのEU加盟10年で、年初から通貨にユーロも導入されています。日本はクロアチア独立をいちはやく承認した国として友好関係を結んでいますし、港湾事業や高速道路建設を支援したことも広く知られています。そのためか、留学以来、現地の人たちにはとても親切にしていただきました。日本文化、たとえば俳句などにも大きな関心が集まっています。クロアチアは日本と同様、美食の国で、アドリア海にのぞむ地域では牡蠣やたこ、マグロが美味ですし、山間部では、なまず、鯉などの川魚も絶品です。酢漬けのキャベツで巻いたロールキャベツのサルマなども有名です」
 リサイタルでは視覚的な要素も大切だと考えており、衣装にもひと工夫するという。
「衣装にはちょっとした仕掛を考えていますので、お楽しみに。今回のリサイタルでは音を通じて、さまざまな情景やイメージなどを膨らませていただき、劇場に行くような気分で楽しんでいただけたら、嬉しいです」

【Information】
安達朋博 ピアノ・リサイタル
2023.10/14(土)19:00 サントリーホール

〈演奏曲目〉
J.S.バッハ(ダルベール編):パッサカリアとフーガ ハ短調 BWV582
ラフマニノフ:ショパンの主題による変奏 ハ短調 op.22
ペヤチェヴィッチ:ピアノ・ソナタ 変ロ短調 op.36
リスト:ベッリーニの歌劇《ノルマ》の回想 S.394

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