神奈川県立音楽堂60周年を記念して、来春ヴィヴァルディのオペラ《メッセニアの神託》が上演される。イタリアの古楽の鬼才、ファビオ・ビオンディ率いるピリオド楽器のアンサンブル、エウローパ・ガランテに、ヴィヴィカ・ジュノー、マリアンヌ・キーランドら名歌手たちが出演。彌勒忠史の演出による舞台上演である。
《メッセニアの神託》はヴィヴァルディ晩年の作品。ヴェネツィアでの初演後、ヴィヴァルディがウィーンにおける再演を願いつつも、数奇な運命に翻弄され、貧困のうちに同地で客死。その半年後に上演されたというエピソードがある。
イタリアのパルマにビオンディを訪ね、このオペラについて語ってもらった。
「ヴェネツィアでの初演は大成功だったようです。でも、その後ヴィヴァルディはヴェネツィアでの人気を急速に失っていきます。そこで、弟子で歌手のアンナ・ジローとともにボヘミアやオーストリアへ向けて旅立ちます。ウィーンではカール皇帝の後押しで《メッセニアの神託》を上演するつもりでした。ところが皇帝の崩御で計画は頓挫してしまいます。他の宮廷人に助けを求めますが、相手にしてくれません。結局ヴィヴァルディは孤独と貧困のうちにウィーンで没する。ところがそのおよそ半年後の謝肉祭に《メッセニア》はケルントナートーア劇場(ウィーン)で上演されるのです」
《メッセニアの神託》はいわゆるパスティッチョ・オペラ。これは自作他作の様々な楽曲を寄せ集めて構成するもので、当時は盛んに行なわれていた。
「それには2つのタイプがありました。一つはインプレサーリオ(興行主)が、複数の作曲家の曲を集めて構成するもの、もう一つは一人の作曲家が自作他作の楽曲を選んでつくるもの。この場合は後者ですね。そこには、自分の音楽だけでは聴衆を退屈させるかもしれないという想いがあった。とはいえ、一人の作曲家のテイストで選んでいるのでヴィヴァルディのカラーが出ているし、聴いていてまったく違和感がありません」
この作品は総譜が失われているので“幻のオペラ”といわれる。そこでヴィオンディによる復元がおこなわれたが、ヴィヴァルディのパスティッチョの様式が分かっていたため、作業は思ったほど困難ではなかったという。
「ヴィヴァルディが信頼を寄せていた若い作曲家ジャコメッティのオペラ《メローペ》のレチタティーヴォを用いたり、ヴィヴァルディや他の作曲家の同様の歌詞の曲を探し出して使ったのです。結果的に音楽的に完成度の高いものになったと思います」
2006年の県立音楽堂における《バヤゼット》にも出演した超絶技巧を得意とするジュノー(メゾソプラノ)や劇的な役を得意とするキーランド(ソプラノ)など役どころにふさわしい歌手たちが出演し、変化に富んだアリアを熱唱する。
「ヴィヴァルディなど後期バロックのオペラの魅力は、歌手たちのファンタジーに溢れた即興的な歌唱でしょう。それはその場限りの一度だけのものなのです。同じ曲でも次の公演では違うものになる。それが古楽の魂ですし、当時のオペラの持つマジカルな魅力です」
今回は彌勒忠史による演出付きだ。カウンターテナー歌手で演出家の彌勒は、これまでにもモンテヴェルディのオペラなどで時空を超えた魅惑的な舞台を創造して観客を楽しませてきた。聞くところによれば、今回の演出には日本的なテイストが入るという。そのことを告げると、ビオンディは「とてもいいことですね」と微笑んで、「オペラはイタリア人だけのものではなく、世界中のものだからです。モダンな演奏もちゃんとした考えがあって行われるならとてもいいものだと思います。彌勒さんは大変インテリジェンスのある方ですからとても期待しています」と答えてくれた。オペラの祖国イタリアのスペシャリスト集団によるヴィヴァルディの“幻のオペラ”。その魅力を堪能する千載一遇の好機だ。
取材・文:那須田 務
(ぶらあぼ + Danza inside 2014年12月号から)
音楽堂バロック・オペラ
ヴィヴァルディ:《メッセニアの神託》
指揮:ファビオ・ビオンディ
演出:彌勒忠史
管弦楽:エウローパ・ガランテ
出演:マグヌス・スタヴラン(テノール)、マリアンヌ・キーランド、ヴィヴィカ・ジュノー、マリーナ・デ・リソ、ジュリア・レツニエヴァ、フランツィスカ・ゴッドヴァルト(以上メゾゾプラノ)、クサヴィエール・サバタ(カウンターテナー)
2015.2/28(土)、3/1(日) 両日15:00 神奈川県立音楽堂
※両日とも14:15よりビオンディによるプレトークを予定
問:チケットかながわ0570-015-415
http://www.kanagawa-arts.or.jp/tc
http://www.kanagawa-ongakudo.com