田中彩子(ソプラノ)

©Yuji Hori
©Yuji Hori

 10代からウィーンで声楽を学び、22歳でスイスの首都ベルン州立歌劇場にソリストとしてデビュー(同劇場史上最年少記録)を果たした後、現在はウィーンを拠点に欧州のオペラ・シーンでキャリアを重ねている逸材、田中彩子。
「ウィーンは、かつてモーツァルトやベートーヴェンも住んでいて、『もしかしたら、彼らもあのベンチに座って曲を書いていたのでは?』と考えるだけでも楽しい街。今年で移住してから13年目になりますので、今では夢を見るのもウィーン訛りのドイツ語なんです」
 装飾的な歌唱テクニックに長け、一般的なソプラノよりも遙かに高音域を得意とする彼女の声はまさに“天からの贈り物”。
「先生が『100年にひとりのハイ・コロラトゥーラだよ』と驚かれたので、自分がそんなに稀な存在なのだったら、とことんやってみようって。特に欧州では自分のスペシャリティを磨かないと大勢の才能の中で埋もれてしまうから…」
 例えばモーツァルトが当時恋していた歌手、アロイージア・ウェーバーのために書いた演奏会用アリアで、“3点G音”という尋常ならざる超高音を含んだ難曲〈テッサーリアの民よ!〉も、彼女の十八番だとか。
「超高音は言葉の限界を超えて感情を表現するための手段。この曲ではクライマックスでヒロインの魂が神の領域に達したことを効果的に示していると思う…。もちろんモーツァルトは類い稀なアロイージアの声を活かしたくて書いたのでしょう。歌い手としては、作曲家が楽譜に込めたものをできるだけ深く理解しておきたいですね」
 11月26日にはavex-CLASSICSからファースト・アルバムをリリース。《魔笛》の〈夜の女王〉や《ラクメ》の〈鐘の歌〉、《ホフマン物語》の〈オランピア〉など、ハイ・コロラトゥーラのための必須レパートリーを取り揃えた。
「オペラの舞台では割と難なくそれぞれの役にすっと入っていけるタイプです。確かに『夜の女王』のように、舞台に出た瞬間からいきなりクライマックスを迎えるような難しいキャラクターもいますが、いつも歌に導かれながら自然に演じるように努めています」
 なかでも、《ラクメ》の原作者と同じフランスのピエール・ロティが明治の長崎に滞在した体験を元に書いた小説に、同時代のメサジェが作曲した知られざるオペラ《お菊夫人》からの可憐なアリアは必聴。
「プッチーニの《蝶々夫人》と似ていますが別の物語です。蝶々さんが重くドラマティックな声を持つソプラノのために書かれているのに対して、これは私の声にぴったりの役。いつか世界の舞台でこの作品を演じるのが夢です」
 また今年ウィーンのコンツェルトハウス大ホールにソリスト・デビューを果たし成功を収めた「カルミナ・ブラーナ」からの1曲や、《連隊の娘》や《夢遊病の女》、《椿姫》などの人気イタリア・オペラからのアリアでは、超絶技巧をひけらかすようなものを敢えて避け、「天使のような」と評されるその美声をじっくり聴かせてくれるところが嬉しい。
「アクロバティックな面以外でも楽しめるアルバムにしたかったのです。〈テッサーリアの民よ!〉は別の機会に録音できればと思っています」
 コンサート歌手としてもオーストリアをはじめフランス、ドイツ、イギリスなど各国のオーケストラと共演し、有名なホールにも定期的に招待されている。2015年の3月には東京と大阪で待望の凱旋リサイタルの予定も。
「今回の日本公演はピアノ伴奏なので、普段あまりオペラに馴染みのない人でも比較的リラックスした雰囲気の中で聴いてもらえると思います。クラシックのコンサートが、身近なエンターテインメントとして選択肢の一つになれば素敵ですよね。そのために私に何ができるのかをいつも考えています」
 尊敬する歌手として、この道の偉大なる先輩ソプラノ、エディタ・グルベローヴァの名前を挙げるところも頼もしい。
「歳を重ねられてもなお、少女のような声と素晴らしいテクニックを維持されているところが本当に凄いと思いますし、現役で舞台に立つ精神的な強さにも憧れます。まだまだ先は長いですが、彼女に少しでも近づけるよう頑張りたいです」
取材・文:東端哲也
(ぶらあぼ + Danza inside 2014年12月号から)

田中彩子 ソプラノ・リサイタル
華麗なるコロラトゥーラ
2015.3/18(水)19:00 紀尾井ホール
問:チケットスペース03-3234-9999
2015.3/24(火)19:00 いずみホール
問:ABCチケットインフォメーション06-6453-6000

『華麗なるコロラトゥーラ』
avex-CLASSICS
AVCL-25861 ¥3000+税
11/26(水)発売