INTERVIEW 務川慧悟(ピアノ)

古楽器のアプローチにもヒントを得て挑むメンデルスゾーンの協奏曲

 近年、華々しい活躍を全国各地で続けているピアニストの務川慧悟が、大阪フィルハーモニー交響楽団の「メンデルスゾーン・チクルス~メンデルスゾーンへの旅 」第2回に出演し、尾高忠明の指揮でピアノ協奏曲第1番 ト短調を演奏する。演奏会に向けての抱負を聞いた。

Keigo Mukawa

―― これまでメンデルスゾーンの作品は、どのくらい手がけてこられましたか。

 それほどやってきたわけではありません。舞台で弾いたのは、ピアノ三重奏曲第1番と「スコットランド風ソナタ」、あとは「無言歌集」の中から何曲かだけです。コンチェルトは今回が初めてになります。

―― メンデルスゾーンという作曲家の印象はいかがですか。

 若くして亡くなって、作品の数がとても多い。そしてモーツァルトのような神童でもありましたが、そうした人特有の「音楽を何とでもできる感じ」があります。そして、時には饒舌すぎる。モーツァルトやサン=サーンスなどからも同様の印象を受けるのですが、シンプルな和声ですばらしい音楽的な瞬間を創ることができる作曲家だと思います。

―― 今回弾くピアノ協奏曲第1番に関して、どのような作品だと感じていますか。

 とにかく指がまわるなという印象で、メンデルスゾーン特有の語法である一方で、時代としてもヴィルトゥオーゾというものへの憧れが強まっていった時代だったと思います。タイプは違っても、同時代のショパンにもリストにもそういった面はありますが、メンデルスゾーンの技巧性というのは、彼の性格も出ているなと思います。書けて書けて、仕方がなかったんだろうなと感じます。

―― そんなメンデルスゾーンの作品をどんな風に表現されたいですか。

 ある意味で難しいのは「そこに向かってこう弾くぞ」という強いメンタリティで臨むのではなく、(これが天才でない側からすると難しいんですけど)「ささっと練習して、ささっと弾きましたよ」とあるべき音楽なんですよ。崇高な音楽だけが素晴らしいわけではなくて、即興的な要素を含んだ当時の生活とともにある音楽で、技巧的には難しいのですが、気負わずに弾くことができればと考えています。思い悩んで創った曲ではないと思うんですよね。

 僕は今、古楽器をやっているんですが、フォルテピアノに触れることができたことは良いこと尽くしでした。メンデルスゾーンはグラーフのピアノをよく使っていたはずです。16分音符が続くフレーズでも、現代の楽器とは違って、楽器の製作技術も発達していなかったから、音域によって音色が異なっています。ですので、こうした技巧的な曲でも均一に弾くのでなく、当然ニュアンスのむらが出てきます。僕がこの曲をモダンのピアノで弾く時にも、そういった面を積極的に聴かせられたらいいなと思っています。高い音と低い音を同時に弾くと、現代のピアノだと音が混ざってしまいますが、フォルテピアノだと音色が違うので、別の楽器で弾いているような印象になります。技巧的なフレーズにも、歌心あふれる旋律を弾く時と同じアプローチを取ることができれば良いのではないでしょうか。

―― フォルテピアノを専門的に学ばれることになったきっかけはあったんですか。

 今もパリ国立高等音楽院に在学中ですが、もともとは音楽院の副科でフォルテピアノを取っていたんです。その時に出会った先生がパトリック・コーエン先生。古楽器奏者にはよくあるのですが、携帯電話を持たない生活を先生はされていて、とにかく自然が大好きな方なんですね。その方の影響が大きいですね。

 今、私たちがピアノを弾く時はすでに、例えばプロコフィエフの音楽を知ってしまっているわけです。その比較からモーツァルトの音楽を考えれば、こじんまりとした枠組みの音楽と捉えざるを得ないことになります。しかし、モーツァルトの音楽が最先端だった当時の視点から捉えれば、古典のソナタ一つとっても、思っているよりは自由になることができる。モダンピアノで弾くときも、そうしたことを考えるようになりました。

―― フォルテピアノでの演奏会はされないんですか。

 昨年、浜離宮朝日ホールでヴァイオリンの岡本誠司さんと古楽器の演奏会をやりました。でも今後多くても年1、2回ぐらいでしょうか。古楽器科に入るときに「モダン楽器の勉強のために古楽をやる」ということは決めていました。最終的にはモダンピアノの演奏者として活動していくつもりで、今もそれは変わっていません。フォルテピアノを弾くときは、現代のピアノに触らないというように、モードを切り替えてやらないと難しいということもあります。ですので、時々ならありえるかな、というところでしょうか。

―― 尾高忠明さんとは初共演なんですね。

 はい。実は十数年前になりますが、東京藝術大学に入学した頃に聴いた演奏会でとても感銘を受けたことがありました。オーケストラの鳴り方がほかと全然違っていた印象を抱いたので、今回はとても楽しみにしています。

取材・文:小味渕彦之
写真:内池秀人

【Information】

大阪フィルハーモニー交響楽団
The Symphony Hall 特別演奏会
メンデルスゾーン・チクルス~メンデルスゾーンへの旅 II

2023.8/25(金)19:00 大阪/ザ・シンフォニーホール

●出演
指揮:尾高忠明
ピアノ:務川慧悟

●曲目
メンデルスゾーン:交響曲 第5番 ニ長調 作品107「宗教改革」
メンデルスゾーン:ピアノ協奏曲 第1番 ト短調 作品25
メンデルスゾーン:交響曲 第4番 イ長調 作品90「イタリア」

問:大阪フィルチケットセンター 06-6656-4890
https://www.osaka-phil.com/events/event/899/