東京文化会館からパリ、そして世界へ――野平一郎&向井響が語る「音楽クリエイター育成プロジェクト」

 日本有数の“音楽の殿堂”として、ユニークな主催事業を数多く手掛ける東京文化会館。昨年からは、現代と古典の音楽がクロスオーバーする音楽祭「フェスティヴァル・ランタンポレル」をスタートさせるなど、音楽監督・野平一郎のもと新たな試みに力を入れている。そんな東京文化会館の肝煎りで、現在長期的な事業として進められているのが、「音楽クリエイター育成プロジェクトTokyo&Paris to the NEXT」だ。フランス国立音響音楽研究所(IRCAM[イルカム])と共同で邦人若手作曲家に委嘱を行うプロジェクトで、向井響・北爪裕道・横山未央子の3名が数ヵ月に一度のペースでIRCAMに派遣(音響エンジニア・金原直哉も同行)、エレクトロニクスを使用した作品を作り上げ、パリと日本で発表する。過日、このプロジェクトに関する記者懇談会が行われ、野平・向井の二人が報道関係者に向けその狙いや実際の創作の現場について語った。

左:向井響 右:野平一郎

 パリにある総合文化施設、ポンピドゥー・センターの関連組織として1977年にピエール・ブーレーズによって創設されて以降、音楽・音響領域における科学技術の研究機関として最先端をひた走るIRCAM。先述の「フェスティヴァル・ランタンポレル」では継続的な連携が行われているが、野平は同研究所について「飛び抜けて存在感がある」と考えているという。

野平「昔は専用の機材があるスタジオに行かないと作曲できなかった電子音響作品ですが、今やコンピューターの普及により、自宅でもある程度のものが作れるようになっている。そうした時代において、IRCAMのような研究所で創作をする意味というのは、やはり『最先端のソフト・ハードウェアを駆使する科学者たちが集まっている』ということに尽きると思います。作曲家が彼らの研究に触れることも非常に重要ですし、完成した作品が科学者に新たな視点を開かせることもあるかもしれない。そうなれば、ブーレーズが構想していたような、『音楽家と科学者が協働して未来を作っていく』ということにもつながっていくはずだと」

 3名の作曲家の中で、先陣を切って今年9月にIRCAMでの創作をスタートさせた向井。2027年1月にパリ公演(世界初演)、そして2月に東京公演(日本初演・東京文化会館は休館中のため他会場での開催)が予定されている。IRCAMが力を入れている立体音響の技術も取り入れるそうだが、日本のコンサートホールには専用の設備がないケースがほとんどで、会場に合ったスピーカーの設置位置などを技術者と協力して緻密にシミュレーションしていく必要があるという。

向井「その他に、特に面白いなと思ったのが『モーフィング』という技術。例えば、人の顔から虎の顔になめらかに変化していくといった形で、映像ではよく使われていますが、音ではまだそこまで発達していません。IRCAMでは機械学習やAIを駆使して、フルートの音から英語を話す人の声へ……など全く異なる音にスムーズに移行させる研究を進めていて、実用化に向けたくさんのプロトタイプが出てきています。そうした技術を作品に使いながら、研究者の方々にもフィードバックしていくような形で、IRCAMという機関と自分の作品がつながるような経験になったらいいなと考えています」

 AIについては、即興演奏の領域などで活用が進められている一方で、IRCAMではあくまでも作曲を助ける「ツール」として考えていると語る。

向井「例えば、電子音楽の作曲にあたって必要となる複雑かつ膨大な計算処理を代わりにやってくれる……というようなイメージです。僕がオランダの研究所に留学していた2019年ごろまでは、AIそのものは認識していたものの、実際に音響の技術として利用されていた感覚はなかったので、この5年ほどの発展ぶりを実感しています。自分自身の創造のプロセスにAIが直接関わるわけではないのですが、そうした技術の存在を勉強することによって、『こういった音楽を書きたい』というモチベーションを生む源泉になっていると思います」

 そう語る向井の顔ぶりからは、一回の滞在ですでに少なからぬインスピレーションを受けていることが窺えた。一方野平も、かつてパリに在住していたころにIRCAMで経験した衝撃を次のように振り返る。

野平「ある時、フィリップ・マヌリの『プルトン』という作品でピアノを弾いてほしいと頼まれました。何の気なしに引き受けたのですが、実はこの曲は、『Max』というコンピュータ音楽で今なお高いシェアを誇るソフトウェアが、初めてリアルタイムの演奏で使用された作品だったのです。それまでは電子音響そのものにはあまり興味はなかったのですが、この曲に出会って考えが一変するほどの衝撃を受けました。コンピューターが音楽に入り込むことによって、絶対に新しい世界を築けるはずだと。若い世代の皆さんは、電子音響に関してはある程度経験がある状態ですが、IRCAMで学ぶことでさらに踏み込んだ作品ができるのではないかと思っています。僕自身が経験したような、自己発見をして世界観を変える旅、そういった機会になることを願っています」

 文化庁の補助金により日本芸術文化振興会に設置された「文化芸術活動基盤強化基金」(クリエイター支援基金)に採択されている本プロジェクト。国際的に飛躍するクリエイターを育成することで、最終的には「海外に向けた日本のコンテンツの発信力」を高めていく意味合いもあるという。テクノロジーの発展とともに音楽創造を取り巻く環境も刻一刻と変化する中で、若き才能たちが自らの殻を打ち破り、日本の文化芸術に新風をもたらすことを期待したい。

文・写真:編集部


音楽クリエイター育成プロジェクトTokyo&Paris to the NEXT
https://www.t-bunka.jp/ttn/