ドニゼッティの人気喜劇をオリジナルバージョンで上演
〜藤原歌劇団《劇場のわがままな歌手たち》GPレポート

中央:坂口裕子(ダリア(プリマドンナ))

 藤原歌劇団が4月22日、23日に上演する《劇場のわがままな歌手たち》(演出:松本重孝、指揮:時任康文)は、《ランメルモールのルチア》などベルカント・オペラの作曲家として知られるドニゼッティが30歳の年に作曲した喜劇。いわゆる「楽屋もの」で、オペラのリハーサル中に起きるあれやこれやのドタバタを描いている。一般には《ヴィーヴァ・ラ・マンマ》というタイトルで知られているが、今回は藤原歌劇団のオリジナルバージョンということで、タイトルもなかなか刺激的。4月22日組の最終総稽古(ゲネラルプローベ)を取材した。
(2023.4/20 テアトロ・ジーリオ・ショウワ 取材・文:室田尚子 写真:長澤直子

左より:久保田真澄(プローコロ)、坂口裕子(ダリア(プリマドンナ))、吉村恵(ピッペット)、中桐かなえ(ルイジア)、持木 弘(グリエルモ)、大石洋史(ビスクローマ(作曲家))
左より:押川浩士(アガタ)、大石洋史(ビスクローマ(作曲家))、坂本伸司(興業主)、和下田大典(チェーザレ(台本作家))

 この作品、もともとは《劇場の都合》というアントーニオ・シモーネ・ソグラーフィの戯曲を元に、ドニゼッティとドメニコ・ジラルドーニが台本を書き、1827年にナポリで初演されたもの。その後1831年にはミラノで《劇場の都合不都合》というタイトルで上演(藤原版のタイトルもここから発想されているのだろう)。この作品は国境を超えて上演されるたびに少しずつ異なるスタイルになっており、したがって様々な「上演版」が存在している。ちなみに《ヴィーヴァ・ラ・マンマ》というタイトルは、20世紀に入ってから、1969年にドイツの映画監督ヘルムート・コイトナーがミュンヘンで上演した際につけたもの。今回の藤原歌劇団のプロダクションは、1831年版をベースに他の上演版からいくつかの曲を挿入したニュー・バージョンで、全1幕を前半と後半に分けている。

 舞台はイタリアのとある劇場。新作オペラ《ロモロとエルシリア》のリハーサルのために出演者やスタッフが集まっている。作曲と指揮を手がけるビスクローマ(大石洋史)、台本作家のチェーザレ(和下田大典)、興行主のインプレザーリオ(坂本伸司)が見守る中、プリマドンナのダリアが朗々とアリアを披露するが、楽譜にはない(のだろう)コロラトゥーラをこれでもかと駆使するダリアにみんなはいささかうんざり顔。幕開きのソプラノ・坂口裕子による超絶技巧満載のアリアがまずは聴きどころだ。

 そこに登場する第二ソプラノ・ルイジア(中桐かなえ)の母親、マンマ・アガタ。なんとこの役、バリトンが女装して歌う。この日のマンマ・アガタは藤原歌劇団きっての芸達者である押川浩士。ブロンドのカツラには可愛らしい帽子、花柄ブラウスにチェックのスカートという出立ちはまさにイタリアの「マンマ」そのものだが、声は野太く響き渡るバリトン、というチグハグさに笑いをおさえることができない。

 マンマ・アガタは娘のアリアを増やせとねじ込むわ、プリマドンナの夫プローコロ(久保田真澄)が妻の自慢ばかりするわで、ついにテノールの劇場歌手・グリエルモ(持木弘)とカウンタータナーの専属歌手・ピッペット(吉村恵)は怒って劇場を出て行ってしまう。するとテノールの代わりをプローコロが、カウンターテナーの代わりはマンマ・アガタが歌うことに。さてさて、新作オペラの幕は無事上がるのか・・・。

 登場人物それぞれに与えられたアリアは歌手の腕の見せどころだが、歌が素晴らしければ素晴らしいほど、物語上はどんどんまずいことになっていくのが面白い。さらに注目は、二重唱から九重唱までのさまざまなアンサンブル。個性豊かな登場人物たちがそれぞれに勝手なことを言い募るこうした重唱はオペラならではで、それぞれの歌が重ね合わさって盛り上がっていく様は他のジャンルの舞台では絶対に味わえない。


 マンマ・アガタには後半、長いアリアが用意されている。彼女は楽譜もろくに読めないという設定なので、歌詞がメチャクチャになったり、変な装飾音が足されたり、さらには高い音になると音程がひっくり返ったり、というハチャメチャっぷり。もちろん「ハチャメチャ」をやるには相当な技術が必要なわけで(本当にハチャメチャだと歌が崩壊してしまう)、押川の見事としか言いようのない歌唱にはお腹を抱えて笑わせてもらった。

 抱腹絶倒の喜劇ほど歌の力が問われるところだが、今回の藤原歌劇団は合唱団含め芸達者な歌手を揃えた万全の体制だ。上演時間も休憩を含めて2時間と手頃。演出の松本重孝による絶妙な字幕も功を奏し、肩の力を抜いて心の底から楽しめること請け合いの《劇場のわがままな歌手たち》。春の週末にピッタリの作品を観に足を運んでみてほしい。
 

Information

藤原歌劇団公演《劇場のわがままな歌手たち》(新制作)
 
2023.4/22(土)、4/23(日) 各日14:00
テアトロ・ジーリオ・ショウワ

 
指揮:時任康文
演出:松本重孝
 
ダリア(プリマドンナ):坂口裕子(4/22) 中井奈穂(4/23)
プローコロ:久保田真澄(4/22) 小野寺 光(4/23)
アガタ:押川浩士(4/22)三浦克次(4/23)
ルイジア(第二ソプラノ):中桐かなえ(4/22) 岡田美優(4/23)
グリエルモ(劇場歌手):持木 弘(4/22) 所谷直生(4/23)
ピッペット(専属歌手):吉村 恵(4/22) 髙橋未来子(4/23)
ビスクローマ(作曲家):大石洋史(4/22) 鶴川勝也(4/23)
チェーザレ(台本作家):和下田大典(4/22) 月野 進(4/23)
インプレザーリオ(興業主):坂本伸司(4/22) 相沢 創(4/23)
ディレットーレ・デル・パルコシェニコ:豊嶋祐壹(全日)
 
合唱:藤原歌劇団合唱部
管弦楽:テアトロ・ジーリオ・ショウワ・オーケストラ
 
問:日本オペラ振興会チケットセンター03-6721-0874
https://www.jof.or.jp
https://www.jof.or.jp/performance/2304_convenienze/