稽古場レポート|小澤征爾音楽塾《ラ・ボエーム》

まもなく京都・愛知・東京で上演

小澤征爾音楽塾は、2000年に小澤さんと、京都の半導体メーカーROHM株式会社 佐藤研一郎社長(当時)が立ち上げた教育プロジェクト。オーケストラのオーディションに合格した若い音楽家たちが、オペラ作品を題材に、リハーサルにたっぷりと時間をかけながら学んでいく貴重な場です。一方歌手陣も、カヴァーキャストや合唱で、多くの若手が参加。世界の第一線で活躍する歌手や指揮者・演出家とともにステージを創り上げていくプロセスは、彼らにとってかけがえのない経験であり、これまでにも多くのアーティストがこの塾から巣立っています。3月中旬からの公演に向けて、すでに着々とリハーサルが進行しています。司会者にしてオペラ通としてもおなじみ、朝岡聡さんに都内で行われている稽古場を訪ねていただきました。

取材・文:朝岡聡
写真:©︎大窪道治/2023小澤征爾音楽塾

 2000年に始まった小澤征爾音楽塾は、オペラを通して若い音楽家を育成することを目的としている。
 「交響曲とオペラは車の両輪のようなもの」という小澤の考えに基づいて、オーケストラやオペラのカヴァーキャスト、合唱に関わる若い演奏家が集まり、世界の歌劇場ですでに活躍している歌手や演出家と共にハイレベルのオペラ公演を創り上げる。その経験をもとに若手たちが一層の飛躍を目指す、世界的にもユニークな音楽塾なのだ。今年のオペラ・プロジェクトの演目は《ラ・ボエーム》。今シーズンから首席指揮者に就任したディエゴ・マテウスが参加した2月27日の稽古場を取材した。

小澤からの信頼も篤いエル・システマ出身(ベネズエラ)のディエゴ・マテウス

 38歳の若きマエストロは、前日まで東京二期会《トゥーランドット》4回公演を指揮した疲れも見せず、合唱団と対面するや挨拶もそこそこに、早速2幕「クリスマス・イヴで賑わう群衆」と3幕冒頭「冬のアンフェール門」の場面から稽古を始めた。
 流れを極力止めず進めながら「Bravissimi ! でも、ちょっと強すぎる。ここはささやくようにエレガントなピアノでお願いします」「リズミックなところはそのままで良いけれど、歌いだしのところでテンポが速くなってしまう。クラッシュしすぎないように気をつけて!」などとてきぱきと指示が飛ぶ。

若手主体の合唱メンバーがマテウスの指示を真剣な眼差しで聴く

 この合唱練習時のソリストのパートはカヴァーキャストたちが担当。彼らもオーディションで選ばれたメンバーだ。ミミ役のカヴァーを務めるソプラノ中川郁文はすでに国内外で活躍する逸材だが、2017年と18年に合唱団で音楽塾に参加。今回はステップアップして「子どものためのオペラ」(京都の小学生対象)では主演歌手としても歌う。「この音楽塾で過ごす時間は特別です。有名で歌ったこともあるオペラですが、それを改めて1ヶ月以上かけてじっくり仕上げていく…。その過程がとても新鮮だし、学ぶものも多い。トライしたり主張できるのも嬉しい」と話してくれた。

カヴァーキャストたちも音楽塾では重要なポジションを担う

 約1時間の合唱練習の後に主演歌手たちの立ち稽古開始。今回の《ラ・ボエーム》は新制作なので、音楽塾のオペラ演出を長年務めるデイヴィッド・ニースや、セットと衣裳担当のロバート・パージオーラも早くから立ち会っている。ニースは小澤征爾の盟友であり、ニューヨーク、メトロポリタン歌劇場の首席演出家を長年務め、日本各地の音楽祭や劇場でもおなじみ。パージオーラは長年F. ゼッフィレッリのアシスタントを務め、2人ともオーソドックスで極めて美しい舞台づくりで知られる。

マテウス、ニースを中心に立ち稽古が進められていく

 オペラ冒頭から1幕を通しで行う稽古が始まって、正直驚いた! この日が2回目の立ち稽古なのだが、舞台上の動きや演技は、ほぼ完成の域に達しているではないか。マルチェッロ役のバリトン、デイヴィッド・ビズウィックが自分の使っているヴォーカル・スコアを見せてくれた。その裏表紙には、これまで世界の歌劇場で歌ったすべての舞台写真が貼られ、日付が記されていた。
「この役は2009年ロンドンで歌って以来、ウィーンやドイツ各地、そしてメトロポリタン歌劇場でも何度もやっています。ショナールも歌えるし、すべて頭に入っている作品ですね。演出家の指示はもちろん、私たち歌手から提案することもあるから、この舞台は両方のコラボレーションでつくる場です」
 なるほど、それだけのキャリアと自信あるソロ歌手が音楽塾には集結している証が、この完成度なのだ。

デイヴィッド・ニース(右)の指示を聞く
エリザベス・カバイエロ(ミミ)とジャン=フランソワ・ボラス(ロドルフォ)

 そうは言っても、ミミとロドルフォが恋に陥る場面や二重唱のところでニースが細かい動きを指摘すると、歌手二人(エリザベス・カバイエロとジャン=フランソワ・ボラス)は格段に深い演技になるのも事実で、そのやりとりを逃さず見つめる日本のカヴァーキャストたちの眼差しが実に印象的だった。

 指揮のマテウスも「この歌手陣なら作品について十分知っているので安心です。プッチーニは人の心に直接届ける力がある作曲家ですから、このオペラに描かれる多くの感情とエネルギーをいかにオーケストラと一緒に表現するかが大切ですね。今回の若いオーケストラのオーディションには私も立ち会いましたし、分奏指導してくれるサイトウ・キネン・オーケストラのメンバーは小澤さんの音楽の作法を真に理解しているので、あとは塾生の集中力を高めて演奏できるように持っていきたい」と意欲を語る。優れた音楽教育の場であるエル・システマ出身らしく、この音楽塾の特長を踏まえて活動にあたっている。
「このレベルの歌手陣とオペラの演奏をするのは、若いオーケストラ奏者たちにとって得難い経験となるはずです。今年もかなりレベルの高い地点からオケとのリハーサルが始まりますが、楽しみです」

 まずソロ歌手陣と合唱の出来を確認して、そのあと1週間は若いオーケストラをみっちり仕上げ、公演初日の1週間前から全体を入念にまとめ上げる。今年から就任した首席指揮者としておよそ1ヶ月にわたる濃密で贅沢な音楽塾スケジュールは、これからが佳境に入る。
 超有名オペラだが、この音楽塾だからこそのエネルギーに満ちている《ラ・ボエーム》は大いに期待できる。

(一部取材日翌日の写真が含まれています)

【Information】
小澤征爾音楽塾オペラ・プロジェクトXIX
G.プッチーニ:歌劇「ラ・ボエーム」[全4幕]新制作〈原語(イタリア語)上演/字幕付〉


出演
ミミ:エリザベス・カバイエロ
ロドルフォ:ジャン=フランソワ・ボラス
ムゼッタ:アナ・クリスティ
マルチェッロ:デイヴィッド・ビズィック
ショナール:デイヴィッド・クロフォード
コッリーネ:ウィリアム・トマス
ベノワ/アルチンドーロ:フィリップ・ココリノス

音楽監督:小澤征爾
指揮:ディエゴ・マテウス(小澤征爾音楽塾首席指揮者)
演出:デイヴィッド・ニース
装置・衣裳:ロバート・パージオーラ
照明:高沢立生
管弦楽:小澤征爾音楽塾オーケストラ
合唱:小澤征爾音楽塾合唱団、京都市少年合唱団

京都公演
2023.3/17(金)18:30 ロームシアター京都 メインホール
2023.3/19(日)15:00 ロームシアター京都 メインホール
東京公演
2023.3/23(木)15:00 東京文化会館 大ホール
愛知公演
2023.3/26(日)15:00 愛知県芸術劇場 大ホール
問 ヴェローザ・ジャパン 03-6411-5445