神戸国際フルートコンクール審査委員・神田寛明さんが振り返る第10回大会

コンクール初のオンライン開催で過去最多483名が応募

取材・文:柴田克彦
写真提供:神戸市民文化振興財団

 世界最高クラスの大会として名高い「神戸国際フルートコンクール」。2022年3月に第10回大会の本選が行われた同コンクールの意義や第10回の様子について、審査委員および運営委員長を務めるNHK交響楽団首席奏者・神田寛明氏に話を聞いた。

神田寛明

─ まずは当コンクールとの関わりからお話しいただけますか。

 2005年の第6回から運営委員、2009年の第7回から今回(2021~22年)の第10回まで審査員を務めています。第6回の準備が始まった2003年から、もう20年近く携わっていますね。運営委員はコンクール全体の方向性を決めるのが役割。なかでも重要なのが審査員と課題曲の選定になります。

─ 神田さんが思う、神戸国際フルートコンクールの位置付けは?

 フルートでは、ミュンヘン、ジュネーヴと肩を並べるコンクールだと思っています。それは、歴代の入賞者のリストをご覧になれば、誰しもご納得いただけるでしょう。何しろ第1回から第9回の入賞者全員が世界中のオーケストラや音楽大学等で活躍を続けています。例えば、第2回の優勝者は“フルートの王様”エマニュエル・パユ、第3回の3位は後のコンセルトヘボウ管の首席奏者エミリー・バイノン、さらに第4回2位のマチュー・デュフォーがベルリン・フィルの首席を退くと、後任に第8回優勝のセバスチャン・ジャコーが就任するなど、物凄い顔ぶれです。その最大の要因は第1回の審査員に巨匠ランパルが来てくれたこと。これが成功を決定づけました。その後も錚々たる方々に審査員を務めていただいたことで、世界中の奏者が格の高さを認識し、最高の参加者が競うようになったのです。

エマニュエル・パユ (c)Denis Felix

─ では直近の第10回大会について。最初に全体の流れをお話しください。

 第9回までは最初の音源審査の応募者が230名くらいだったのですが、今回はなんと483名の応募がありました。その分審査は大変で、延べ9日間かけて全部聴き、56名が予備審査を通過しました。本来は彼らに神戸に来てもらうのですが、入国制限の関係で、第1次審査を2021年8月に動画で行った後、全体の日程を延期しました。しかし結局は、2022年にすべてオンラインで審査することになりました。第1次審査には22の国と地域から53名が参加し、その内の9名が日本人。第1、2、3次審査ごとに大体半数に減っていき、本選には6名が残りました。これはこれまでと同じパターンです。

─ オンライン審査ならではの苦労はありましたか?

 録画の技術面を心配しましたが、音質に問題があるような動画はなく、レベルも過去の大会と変わらなかったと思います。ただ各々の音質が違っていて、マイクが遠い人近い人がいますし、ヨーロッパの方は残響のある教会で録画した方が多かった。それに審査員が観る環境も違います。その辺りを経験と推測で補正しながら審査することになりましたが、テンポや音の動きはわかりますので、我々の判断は間違っていなかったと思っています。

第10回大会第1次審査の様子

─ 面識がある人や審査員の弟子等を含めて審査する難しさはないのでしょうか?

 我々は─少なくとも日本で審査した人は─参加者の経歴をいっさい見ないで審査します。もちろん知っている人もいますが、基本的に知りたいとは思わない。それに当コンクールの生みの親・育ての親である金昌国先生が常に言われていたのは、流派の偏りがない審査員を世界中から集めること。神戸は本当にバラエティに富んでいますし、このほうが正しい結果を得られると思っています。

─ その結果、1位と3位が二人ずつ出ました。

 共に甲乙つけ難い演奏でした。特に1位のバヨグさんとブルーノさんは個性がまったく違っていて、どちらも素晴らしい。日本人で唯一入賞された3位の石井希衣さんは、とても堅実で上品な演奏をされます。

─ 2023年2月には第10回の入賞者の披露演奏会が、神戸と東京で開催されます。

 彼らの実演に初めて触れる機会なので、とても楽しみです。また東京公演は、これだけのコンクールなのでぜひ紹介したいとの思いから、初めて開催することになりました。いずれも幅広い層に聴いてほしい。SNSで「1位がイケメン」と書かれていたのですが、そうした側面も含めて音楽を楽しんでいただければと思います。

左より:ラファエル・アドバス・バヨグ (c)Fredrik Ekdahl/マリオ・ブルーノ/石井希衣 (c)Mai Toyama

─ ところで、神田さんご自身のコンクール歴は?

 私が学生の頃はフルートのコンクールなどは稀で、「久しぶりにあるから受けてみようか」といった感じ。私も神戸(第3、4回)やジュネーヴに挑戦しましたが、予選で落ちてしまいました。しかしパユが優勝した92年のジュネーヴで、本選までの彼の演奏を全部聴きました。それはもう衝撃的で、今でも財産になっています。

─ 最後に、コンクールの意義とは?

 参加する側は、大量の作品を隅から隅まで練習することで厳しい鍛錬になります。仲間や審査員との出会いも重要。私がウィーンに留学したのも、神戸のコンクールに出場した時の審査員だったウィーン・フィルのヴォルフガング・シュルツ先生との出会いがきっかけでした。聴く側からすれば、オリンピックやワールドカップです。個性溢れる最高レベルの演奏を聴けるし、普段のリサイタルでは聴けない曲も鉄板のバッハやモーツァルトもある。これほど楽しいイベントはないと思います。また神戸のコンクールでは、一部の参加者にホームステイをしてもらっていますが、交流がその後も長く続いているとの話もよく聞きます。そうした国際交流の意義も大きいでしょう。

第10回 神戸国際フルートコンクール DOUBLE BILL
2023.2/23(木・祝) 神戸文化ホール(中)
Stage 1 14:00
披露演奏会 〜世界が注目する入賞者たちによる音楽の饗宴


ラファエル・アドバス・バヨグ
♪デュティユー:ソナチネ
マリオ・ブルーノ
♪ピンチャー:ビヨンド(ア・システム・オブ・パッシング)
石井希衣
♪マルタン:バラード
マリアンナ・ユリア・ジョウナッチェ
♪カーク=エラート:フルート・ソナタ 変ロ長調 op.121
ジョイディ・スカーレット・ブランコ・ルイス
♪マイヤー=オルバースレーベン:ファンタジー・ソナタ op.17 他

石橋尚子(ピアノ)

Stage 2 19:00
優勝記念演奏会 〜ラファエル・アドバス・バヨグ × マリオ・ブルーノ

ラファエル・アドバス・バヨグ
♪シュルホフ:フルート・ソナタ
♪アドバス・バヨグ:ミュージック・イズ・ライフより
♪モーツァルト:フルート四重奏 二長調 K.285
マリオ・ブルーノ
♪ジャレル:無伴奏フルートのための「3つの小品」
♪ドブリエール:5つの不思議な小品
♪フランセ:五重奏 他

鈴木華重子(ピアノ)
神戸市室内管弦楽団:西尾恵子、井上隆平(以上ヴァイオリン)
亀井宏子(ヴィオラ)
伝田正則(チェロ)

第10回 神戸国際フルートコンクール 披露演奏会 東京公演
2023.2/24(金)19:00 浜離宮朝日ホール

ラファエル・アドバス・バヨグ
♪デュティユー:ソナチネ
マリアンナ・ユリア・ジョウナッチェ
♪カーク=エラート:フルート・ソナタ 変ロ長調 op.121
ジョイディ・スカーレット・ブランコ・ルイス
♪マイヤー=オルバースレーベン:ファンタジー・ソナタ op.17 他

石橋尚子(ピアノ)

※以上、演奏順ではありません

問:神戸文化ホールプレイガイド078-351-3349