新たな気づきを与えてくれる“音”と“言葉”
横浜みなとみらいホールが気鋭の作曲家への新作委嘱、過去の委嘱作品の再演を行う「Just Composed in Yokohama −現代作曲家シリーズ−」。2023年1月には西川竜太率いる声楽アンサンブル、ヴォクスマーナが登場するが、今回、新作委嘱作品を提供しているのが21年に第31回芥川也寸志サントリー作曲賞を受賞した桑原ゆうだ。実はこの公演、20年3月に予定されていたがコロナ禍のため延期となったもの。すでに作品は仕上がっている桑原に、改めて自作について語ってもらった。
「本作では『古事記』の本文冒頭の場面を選んで作曲しました。ここは、混沌とした世界から神々が現れて名乗りをあげる部分で、神様の名前にはそれぞれ意味があります。古代の人たちにとって神様は近い存在で、名前をつけることでそこに人となりや役割を与え神様を見出していった、という様子を描きました」
そもそも桑原ゆうという作曲家にとって重要なテーマとなっているのは、「声と言葉」。それも、今私たちが使っている「言葉」になる前の「前言語的な状態」からアイディアをもらって作曲をすることが多いのだそう。
「言葉というのは音と意味と語感からなっているものだと思いますが、現代では“意味”をやりとりするのがコミュニケーションの主体となっています。しかし、始まりの言葉は意味のない、例えばため息や驚いたときに出る感嘆詞など、“音”からスタートしているはずなんです。そうしたある種の方向性を持ったエネルギーのかたちのようなものを音楽で書くということが、私にとってはもっとも重要なテーマなんです。今回テクストに『古事記』を選んだのも、まだ日本人が独自の文字を持たず、話し言葉だけで生活していた時代、いわば “音”自体がエネルギーを持っており、それ自体でコミュニケーションをとっていた時代の日本語で書かれているからです」
6歳で初めて曲を書いて以来、ずっと「音で何かを作りたい、工夫して人を喜ばせたい」と思っていたという桑原にとって、作曲とは「自分について考えること」なのだという。
「なぜ私が生まれたのか。なぜ日本という国に日本人として生まれ、作曲をしているのか。自分を知ること、人間を知ること、世界を知ること、宇宙を知ること。そのための手段が作曲です。音や音楽に向き合うことでその答えに近づくために、曲を書き続けています」
ヴォクスマーナとは初共演だが「何も心配していません」と笑う。作曲家と演奏者との間の絶対的な信頼関係。初演の成功は約束されたも同然だろう。
取材・文:室田尚子
(ぶらあぼ2022年12月号より)
Just Composed 2023 Winter in Yokohama −現代作曲家シリーズ−
驚異の声、驚異の言葉──未体験の音空間へようこそ!
2023.1/28(土)17:00 横浜みなとみらいホール(小)
問:横浜みなとみらいホールチケットセンター045-682-2000
https://yokohama-minatomiraihall.jp