北とぴあ国際音楽祭2022
フランス・バロック・オペラの傑作《アルミード 》の魅力を語る
取材・文:岸純信(オペラ研究家)
「フランス・オペラの祖」と謳われるリュリ。生まれはフィレンツェだが10代でパリに赴いて大出世。国王ルイ14世の取り巻きになり、弦楽器奏者としても舞踊手としても認められ、「フランス人よりもフランス的」と称された大作曲家である。
そして、このリュリに人一倍惹かれるのが、国内外で大活躍の寺神戸亮。指揮者兼ヴァイオリン奏者の彼は、「外から観た方がわかることもあります。日本の我々がリュリを演奏し鑑賞する理由もそこにあるのでしょう」と熱く語るが、このほど、長年の念願が叶い、東京・北とぴあで、リュリ最後の抒情悲劇(トラジェディ・リリック)《アルミード》を全曲上演する運びに。主人公のアルミードは「ダマスカスの魔女」と呼ばれ、十字軍の猛者を惑わす絶世の美女。これまで何十人もの作曲家が彼女の恋愛譚をオペラ化したが、17世紀最大のヒット作はリュリの作になる。
「非常に成熟した筆致のオペラです。最大の聴きどころは、敵将ルノーにひと目惚れしたアルミードが、眠っている彼を殺そうとして果たせない第2幕の幕切れですね。美男子の武将に参ってしまった主人公の葛藤が簡潔に、でもドラマティックに描かれます。思うに、アルミードは魔女なのに、人間よりも人間らしいのかな」
なるほど。人間よりも人間らしいといえば、第3幕のエピソードも思い出される。
「台本作者キノーの腕前も素晴らしいですよ。この幕で、恋に負けそうなアルミードは、憎しみの神(La Haine)を地獄から呼び起こし、闘志を燃やします。『憎しみの神』は、彼女の心の鏡でしょうか。でも、神がアルミードの心から愛を追い払おうとしたその瞬間、彼女は『やめて!もう帰って!』と叫ぶんです(笑)。女心を掘り下げた名場面ですね」
本当に。楽譜を読むと、どの場面でもアルミードの胸中に同情してしまう。でも、ルノーが最後に騎士たちと出立すると、彼女は憤激。天空に飛び、恋人を追いかけてゆく。
「この題材は、ルイ14世自身がオペラ化を命じたとも言われています。勇士ルノーもアルミードの美貌に惑わされますし、人間の強さと弱さが共に味わえる物語でしょう。リュリの音作りに関しては、数々の舞曲も見事ですが、朗唱(レシタティフ/レチタティーヴォ)も絶品ですよ。もとはイタリア人の彼がフランスの文化や言語を徹底的に学んだ結果、100年後にグルックが到来するまで、リュリの朗唱法がフランス・オペラの規範となりました。外国人だからこそ気づくポイントもあったのでしょう」
この発言は、冒頭に掲げた寺神戸自身の思いと呼応し、南米ボリビアに生まれ、欧州在住という彼の経歴にも符合するよう。
「4歳で帰国してヴァイオリンを始め、オランダに留学してすぐ、名指揮者W.クリスティさん率いるレ・ザール・フロリサンに加わりました。そこでフランスのバロック・オペラに触れ、『ドイツやイタリアとはまた違う、深い音楽の世界がある!』と気づきました。今回は特に、フランス音楽とリュリの偉大さを皆様に知っていただきたいという強い思いで、《アルミード》をお届けします。主演のソプラノ、 クレール・ ルフィリアートルさんの力強さと、ルノー役のテノール、 フィリップ・ タルボさんの甘い声音を中心に、日本の与那城敬さんや湯川亜也子さん、波多野睦美さんといったヴェテラン勢も出演され、新人のソプラノ、鈴木真衣さんなど若い世代の方にも脇を固めていただきます。なお、今回はセミ・ステージ形式上演なので、ロマナ・アニエルさんとピエール=フランソワ・ドレさんが共同で演出され、ドレさんたちのバロック・ダンスもふんだんにお楽しみいただけます。演奏集団レ・ボレアードと共に、リュリの卓越した芸術性を、皆様にお届けすべく頑張ります」
【Information】
北とぴあ国際音楽祭2022
リュリ作曲 オペラ《アルミード》(セミ・ステージ形式/フランス語上演・日本語字幕付)
2022.12/9(金)18:00、12/11(日)14:00 北とぴあ さくらホール
〈出演〉
指揮・ヴァイオリン:寺神戸亮
演出・振付・バロックダンス:ピエール=フランソワ・ドレ
演出:ロマナ・アニエル
合唱・管弦楽:レ・ボレアード(オリジナル楽器使用)
歌手:クレール・ルフィリアートル、フィリップ・タルボ、与那城敬、波多野睦美、湯川亜也子、山本悠尋、谷口洋介、中嶋克彦、鈴木真衣 他
バロックダンス:ニコレタ・ジャンカーキ、ダリウス・ブロジェク、松本更紗
※出演者・スタッフは変更となる場合がございます。
問:北区文化振興財団03-5390-1221
https://kitabunka.or.jp/himf/
※音楽祭の詳細は上記ウェブサイトでご確認ください。