庄司紗矢香(ヴァイオリン)

新たなる理想の音を探し求めて

(c)Laura Stevens

 12月、庄司紗矢香が盟友ジャンルカ・カシオーリと7年ぶりとなる日本でのデュオ・リサイタル・ツアーを行う。モーツァルトとベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ等を組み合わせたプログラムだが、興味深いのは庄司がガット弦とクラシック弓、カシオーリがフォルテピアノを用いて演奏する点だ。二人にとっても舞台では初の取り組みとなる。

 きっかけは、パンデミック中に、庄司が長年精読したいと思っていた18世紀および19世紀に書かれたさまざまな教則本(L.モーツァルトやクヴァンツ、テュルク、ダヴィッド他)と向き合い、弓の使い方やフレージング、装飾などを実際に試すなかで、昔ながらのガット弦で弾いてみたいと思ったことだった。

 「実は、ある一定の音の質をずっと探し続けていたのですが、去年ガット弦を楽器に張ったときに、あっ、これだ、この音を探していた、と思いました。ガット弦のもつ倍音とか、ざらざらとしたテクスチュア、ニスの塗っていないざらっとした感覚 —— これだったんだ、と」

 初めは、子どもの頃にも使っていた金属の巻かれたガット弦を張ったが、そのうち18世紀の製法に近いプレーン・ガット弦をイタリアから入手した。

 「このガット弦をマスターするのはたいへんで、何度も挫折しかかりましたが、トライし始めた時点で、正しいことをしていると楽器が喜んでいるのがわかる、という感覚がありました。水を得た魚と言いますか。そういうことで、当時どうやって弾いていたかということに近づけるような感じもあったんです」

 こうしたアプローチからは、ピリオド奏法に本格的に取り組み始めたかのようにも聞こえるが、庄司はそうではないと強調する。

 「どちらかというとピリオド奏法の枠には私たちは入らないかなと思っています。むしろ、『ピリオド奏法を別視点からみる』と言ってもよいかもしれません。多くの教則本を読んできた私の理解ですと、当時のモーツァルトやベートーヴェンの演奏は、私たちが聴き慣れてきた演奏よりもたくさんの自由があったのではないか、と考えています。したがって、いわゆる『楽譜通り』の演奏から解放されて、思い切り遊んでみたいですね」

 5月には、イタリアのトリノ近郊の教会にてカシオーリとモーツァルトのヴァイオリン・ソナタのアルバムを録音した(11/16発売)。

 「もともと彼との演奏でいちばん楽しいと思っているのは、しばられない自由度ですので、今回もそれを直感的に感じることが多かったです。彼特有の美しいタッチが、フォルテピアノでもよく活かされていると思いました。そしてカンタービレやエスプレッシーヴォの精神を重視する音楽家なので、その意味ではそこに最大限焦点をあてることはできたかな、と思います。一方で、フレージングやアーティキュレーションなどについては事前に緻密に話し合って、細部まで決めていきました。ベースとなる理解が共通した上で自由に音楽を創ることが大切ですから」

 ツアーは、北は札幌、南は北九州まで全国を縦断し、12月16日にサントリーホールでフィナーレを迎える。深いところで心が通い合っているこの二人の音楽家の新しい取り組みを、コンサートでもディスクでもぜひ味わってほしい。
取材・文:後藤菜穂子
(ぶらあぼ2022年11月号より)

庄司紗矢香(ヴァイオリン)& ジャンルカ・カシオーリ(フォルテピアノ) デュオ・リサイタル
2022.12/11(日)14:00 横浜みなとみらいホール
12/16(金)19:00 サントリーホール
問:ジャパン・アーツぴあ0570-00-1212
  神奈川芸術協会045-453-5080(12/11のみ)
https://www.japanarts.co.jp
※全国ツアープログラムの詳細は上記ウェブサイトでご確認ください。

SACD/CD
『モーツァルト:ヴァイオリン・ソナタ集』
ユニバーサルミュージック

初回限定盤(SACD)
UCGG-9213 ¥4730(税込)
通常盤(CD)
UCCG-45064 ¥3300(税込)
11/16(水)発売