アレクサンダー・コブリン(ピアノ)

深い音楽性と情熱が描き出す“いま”

(c)Alyona Vogelmann

 1980年モスクワに生まれ、ナウモフやゼリクマンら名教師のもと学んだ、アレクサンダー・コブリン。2005年ヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールで優勝、現在はアメリカを拠点に活動する。日本では若い頃から親しまれてきたが、コロナの影響もあり、今回は久しぶりの来日。浜離宮朝日ホールで二夜にわたりリサイタルを行う。

 第一夜はオール・ベートーヴェン。

 「近年、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ全曲録音を始め、ようやくベートーヴェンの真の重要性を理解できました。彼の音楽が表すのは、彼一人の意見ではなく、宇宙的な美です。その音楽から常に新しい惑星を発見できます」

 有名なソナタには偉大な先達の録音も多い。その中でどう自分の音楽を創るのだろうか。

 「私が何かを創造する必要はありません。心にある音楽を表現するだけで、それは新しいものです。一方で、過去の録音から触発されることはあります。たとえばシュナーベルのベートーヴェンは、制限の中の自由さがあり、詩的で、常に難しい顔をしていたベートーヴェンのあたたかい部分に気づかせてくれます。
 音楽が娯楽の域をこえ、芸術的価値と影響力を持つことは、ベートーヴェンなしに起き得ませんでした。文化と政治は関係ないという人もいますが、文化は社会の一部であり、その意味で政治とも深い関わりがあります」

 そう語るコブリンが第二夜に選んだのは、ウクライナによせる曲目。彼の父方の祖父母はウクライナ生まれ、母はポーランドとロシアの血を引き、境遇はシンプルでない。ウクライナ侵攻の報を聞いたときは「人生が切り刻まれる気持ちだった」と話す。

 「ロシア生まれの音楽家として意志を表明すべきというのが私の考えです。そこでロシアに支配される祖国を思い続けたショパン、ムソルグスキー『展覧会の絵』を選びました。大昔、ロシアは正教を取り入れ、それはキエフ(キーウ)から始まりました。千年前のウクライナなしにロシアは存在しません。これを弾くことでその事実をみなさんと思い出したいのです」

 多様な作曲家たちそれぞれに求められる音も異なりそうだが、その音を鳴らす秘訣はあるのだろうか。

 「音楽家がなぜクレイジーと言われるか、わかりますか?(笑) 毎日もうこの世にいない誰かの心の中に入ろうとし続けているからです。それが、作品にふさわしい音を鳴らすための唯一の方法なんですよ」

 多彩な音色を味わい、強いメッセージを受け取る二夜となりそうだ。
取材・文:高坂はる香
(ぶらあぼ2022年10月号より)

アレクサンダー・コブリン ピアノリサイタル
【第一夜】オール・ベートーヴェン・プログラム

2022.11/9(水)
【第二夜】ショパン&展覧会の絵 
11/11(金)
各日19:00 浜離宮朝日ホール
問:オーパス・ワン03-5577-2072 
https://www.asahi-hall.jp/hamarikyu/