勅使川原三郎 × 鈴木優人が贈る、新国立劇場 オペラ《オルフェオとエウリディーチェ》が開幕

 新国立劇場でグルック作曲のオペラ《オルフェオとエウリディーチェ》新制作(全3幕、イタリア語上演)が開幕した。大野和士オペラ芸術監督が始めたバロック・オペラのシリーズ初公演だ(2020年4月に上演予定だったシリーズ第1作《ジュリオ・チェーザレ》は中止・延期となり22年10月に上演予定)。“オペラの改革者”グルックの名作を、勅使川原三郎の演出、鈴木優人の指揮で贈る。公演日は5月19日、21日、22日。5月17日、最終総稽古(ゲネラル・プローベ)が行われた。
(2022.5/17 新国立劇場 オペラパレス 取材・文:高橋森彦 写真:寺司正彦)

ローレンス・ザッゾ(オルフェオ)
左より:アレクサンドル・リアブコ、ローレンス・ザッゾ(オルフェオ)、佐東利穂子
後方:三宅理恵(アモーレ)

 《オルフェオとエウリディーチェ》は1762年にウィーンで初演された。ギリシャ神話に登場する詩人オルフェウスとその妻エウリディーチェの愛の物語を土台とし、フランス・オペラの影響も受けて合唱とバレエも入る、当時としては画期的なオペラだった。登場人物はオルフェオとエウリディーチェ、アモーレの3人で、物語も簡素だが展開は劇的だ。

 勅使川原はダンスカンパニーKARASを率い、パリ・オペラ座バレエ団から三度新作を委嘱されるなど国際的に活躍。1999年以降オペラ演出も手がけ、フェニーチェ歌劇場でのパーセル《ダイドとエネアス》(2010年)、エクサン・プロヴァンス音楽祭におけるヘンデル《エイシスとガラテア》(2011年)など6作品を数える。今回の《オルフェオとエウリディーチェ》において、勅使川原は演出・振付に加えて美術・衣裳・照明も担う。

左より:高橋慈生、佐藤静佳、アレクサンドル・リアブコ
左より:ローレンス・ザッゾ(オルフェオ)、佐東利穂子
左:佐東利穂子 右:高橋慈生

 第1幕、舞台中央に円形の皿のような巨大なオブジェが前傾する形で設えられ、歌手はそこで歌い演じる。オルフェオ(ローレンス・ザッゾ)は、亡き妻の名を悲痛にさけぶ。バロック・オペラに通じるカウンターテナーとして名をはせるザッゾの高音域の声が、オペラパレスを突き抜けるように響く。そこにアモーレ(三宅理恵)が登場し、オルフェオに妻を取り戻しに冥界へ行くように啓示をする。愛の神らしく美しく、そして愛らしい。

 4人のダンサーたち(佐東利穂子、アレクサンドル・リアブコ、高橋慈生、佐藤静佳)が全幕で大きな役割を果たす。緩急自在に踊り、音楽と共鳴しながら空間に身体をなじませていく。勅使川原のアーティスティックコラボレーターでもある佐東が、白い衣裳でたゆたうように舞う姿は印象的。エウリディーチェの霊なのか、気配なのか。白=エウリディーチェの純粋で美しい精神を表しているようだ。

 休憩を挟まず第2幕へと続く。ここでは黒い百合が冥界を象徴する。今回の上演はウィーン原典版(イタリア語)によるが、そこに1774年のパリ版(フランス語)から「復讐の女神の踊り」を加えた。有名な「精霊の踊り」と合わせて踊りの場面が続く。白い百合が現れ、ダンサーたちは精霊であったり、風のような存在であったりする。4人の群舞、ソロ、デュエットが多彩に展開され、ときに激しく、ときに優雅に舞い、音楽と溶け合う。

 勅使川原のダンス・メソッドで育ち独自の境地にある佐東以外の三者も、まさに少数精鋭。リアブコはドイツの名門ハンブルク・バレエ団のプリンシパルだが、昨夏の『羅生門』に続く勅使川原作品出演となり、一段としなやかに踊る。彼は場面によってはオルフェオの分身のようにも見える。高橋は硬軟自在。佐藤は身体のラインがのびやかだ。背景は異なれど、バレエベースで鍛錬を積んできた彼らの身体の軸がゆるやかに解放される。

左より:高橋慈生、佐藤静佳、アレクサンドル・リアブコ佐東利穂子
左:ローレンス・ザッゾ(オルフェオ) 右:佐東利穂子
中央:ヴァルダ・ウィルソン(エウリディーチェ)

 第3幕、舞台は再び白い皿が設えられた世界へ。第1場は、オルフェオが冥界からエウリディーチェ(ヴァルダ・ウィルソン)を現世へと連れ戻す場面である。「地上に戻るまで後ろを振り返ってはならない」というアモーレから出された条件を守ろうとするオルフェオ。彼に対し次第に不信感を募らせるエウリディーチェ。ザッゾの独唱も聴きどころだが、ウィルソンの明澄な声も綺麗で惹き込まれる。両者は円状の舞台を回り、追う・追われるように互いの思いを吐露する。白い皿の上に黒が交じり合っていくような照明も玄妙だ。

 指揮はバロック音楽に精通した鈴木優人が務め、オケピットのほか、一部は舞台上でも演奏するオーケストラ編成でグルックの世界へと誘う(管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団)。勅使川原の演出上の意向もあり、もともと第3幕にある舞曲4曲は、そのうち1曲を残して他は今回、第2幕、第3幕の初めに演奏する形が取られた。休憩1回込み約2時間という構成で、ダンスとのバランスや流れもよかった。新国立劇場合唱団(合唱指揮:冨平恭平)も感染症対策の規則に則り距離を保ちつつ、ときに身振り手振りを織り交ぜて合唱し、勅使川原の要求に応えた。

 どこを切り取っても勅使川原の透徹した美に満たされている。とはいえ、ただ美しいだけではない。勅使川原のダンスは、天上的なバレエと地上的なダンスたとえばニジンスキーの『牧神の午後』や『春の祭典』とはスタイルとしても概念としても異なり独創的。そうした勅使川原一流の“空気のダンス”を体現する佐東、リアブコらダンサーたちが、この世とあの世を往還する愛の相克の物語において有機的に存在し鍵となる。勅使川原の美質が最良の形で浮き彫りになっていることに感銘を受けつつ、それを導き出すバロック・オペラ、いやオペラという総合芸術の奥深さもあらためて実感した。

 最後にフィナーレについて触れよう。原作は悲劇で幕を閉じるが、グルックのオペラではアモーレが息絶えたエウリディーチェをよみがえらせ、オルフェオ、エウリディーチェ、アモーレ、そしてコロス(合唱)が愛を称え、終わる。いわゆるハッピーエンドであるが、神の思し召しの真意とは――。このオペラが創られた18世紀と今とでは時代も価値観も異なる。いっぽうで変わらぬ真実もあろう。勅使川原がどのように読み解いたのか。ぜひ劇場で体感していただきたい。

【Information】
新国立劇場 2021/2022シーズン
《オルフェオとエウリディーチェ》(新制作)

(全3幕、イタリア語上演/日本語及び英語字幕付)

2022.5/19(木)19:00、5/21(土)14:00、5/22(日)14:00
新国立劇場 オペラパレス

演出・振付・美術・衣裳・照明:勅使川原三郎
アーティスティックコラボレーター:佐東利穂子

指揮:鈴木優人
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団

出演
エウリディーチェ:ヴァルダ・ウィルソン
オルフェオ:ローレンス・ザッゾ
アモーレ:三宅理恵
ダンス:佐東利穂子、アレクサンドル・リアブコ、高橋慈生、佐藤静佳
合唱:新国立劇場合唱団

問:新国立劇場ボックスオフィス03-5352-9999 
https://www.nntt.jac.go.jp/opera/