海野幹雄(チェロ)

アイディアと音の記憶が凝縮されたフランス・プロ

(c)塩澤秀樹

 多方面にわたって活躍を繰り広げるチェロの海野幹雄が、最も大きな活動の柱としているのが、年に1回開催するリサイタルである。今年6月に披露するのは、ドビュッシーとプーランクのソナタ、生誕200年を迎えたベルギー生まれのフランクのヴァイオリン・ソナタのチェロ版というフランス・プロ。ドビュッシー晩年のソナタは海野が校訂した楽譜(全音楽譜出版社)が今年出版されたばかり。

 「大好きなソナタで、弾き方について多くの先輩方とディスカッションしてきて、指使いやボウイングの様々なアイディアがあります。そこから作曲者の意図を隠さないよう、慎重に選びました。さらに、チェロ譜は元のデュラン社の手を加えていないものと、僕が書き込みをしたものの2種類を付けました。何かの参考になって、弾こうと思う人が増えればいいなと。お値段もお手頃です(笑)。音楽には物語を感じ、簡潔なのに内容が濃い。本当に名作だなと思います」

 プーランクのソナタは今回の演目の中心的位置づけであるという。

 「プーランクをどうしてもやりたくて、そこから組み合わせを考えました。シャンゼリゼの大通りを歩いているかのような、時代の最先端の街の感覚みたいなものがある。1948年に完成した作品ですが、いま聴いても本当に新鮮で楽しいし、チェロの可能性を広げてくれたソナタだと思います。弾けるのが嬉しいです」

 フランクのソナタには父親の海野義雄が奏でた音の記憶が深く刻まれている。

 「それはもう神がかっていました。美しさとは、人の心を打つとはこのことか、という音。それ以来自分には無理だと思っていましたが、ここ数年でやっと、チェロなら違う魅力が出せると素直に思えるようになりました。アプローチも音域も変わるし、チェロの方が人間的な声で身近に感じられるのでは。全曲すばらしいですが、特に第3楽章が好きです」

 全幅の信頼をおく妻の海野春絵のピアノとともに臨むリサイタル。毎年9月開催だったが、今年は6月に変更。そこには意外な微笑ましい理由があった。

 「秋には仕事が重なりやすいことと、家庭の事情です。子どもが小学生になり、夏休みじゃないと一緒に遊べなくて(笑)。これまで8月はリサイタル前で両親がピリピリ、という状態が続いていたので……夏休み前の時期に定着させていきたいです」

 チラシの写真、海野が座るベンチの色がさりげなく青白赤黄黒になっている。そう、フランスとベルギー国旗を合わせた色だが、その洒脱で嫌味のない工夫は、海野の誠実で親密な演奏に通じるところも感じられる。ぜひHakuju Hallの響きで体験したい。
取材・文:林昌英
(ぶらあぼ2022年6月号より)

海野幹雄 チェロ・リサイタル 2022
〜ドビュッシー「チェロ・ソナタ」校訂楽譜出版に寄せて〜
2022.6/5(日)14:00 Hakuju Hall
問:新演コンサート03-6384-2498 
http://www.shin-en.jp