コンポージアム2022 featuring ブライアン・ファーニホウ

“新しい複雑性”を世界最高峰の現代音楽精鋭集団が読み解く

 一人の作曲家に焦点を当て作品を紹介するとともに、その作曲家が自らの審美眼に従って受賞者を選ぶ作曲コンクール「武満徹作曲賞」で構成されたコンポージアム。今年はブライアン・ファーニホウをフィーチャーする。

 ファーニホウは母国イギリスの音楽院で学んだ後、60年代後半にヨーロッパ大陸に渡る。時代は前衛音楽の最終局面にあった。過度な理念化は聴取の混乱を招き、70年代に入ると現代音楽のメインストリームはぼやけ、探求は多様化・個別化していく。

 前衛運動が終わった後、ファーニホウはその課題をそのまま背負い込み、前進させた最左翼と言えるだろう。なぜ、支持されたのか。その作風は「新しい複雑性」などと呼ばれたが、才能ある演奏者のチャレンジ精神を刺激することで未知の可能性を開き、聴き手に新鮮な体験をもたらしたからだろう。複雑でないと伝えられないものがあるし、複雑であっても、面白ければ伝わるのだ。

 5月24日の「ブライアン・ファーニホウの音楽」では、その歩みを一望する。どのように聴くかだが、それぞれのタイトルの持つイメージは、やはり大切な手がかりだ。「想像の牢獄Ⅰ」(1982)は、18世紀イタリアの版画家ピラネージによる、古代ローマの牢獄をイメージした精緻な連作に想を得ている。マゾヒスティックなまでに大量の情報を詰め込んだスコアは、この幻想の芸術家のエッチングが漂わせる暗いイマジネーションと通底する。太陽に近づきすぎて翼を失った「イカロスの墜落」(1987-88)は、ブリューゲルの同名の絵画と関係している。作曲家はアクロバティックな名人芸を披露するクラリネット(今回はアンサンブル・モデルンの凄腕メンバー、ヤーン・ボシエールが演奏)をイカルスに見立てているようだ。「クロノス・アイオン」(2008)はいずれもギリシャ哲学・神話では時にかかわる神であり、30分にわたって時間という抽象概念が重層的に探求されていく。今回のプログラムの中では一番新しい「コントラコールピ」(2014-15)は、反発しあう力の相を描いている。プログラム全体を通じ、情念的なものの表出としての暴力的な複雑さが、刻一刻と変化する明晰なテクスチュアへと純化されていくプロセスが感じ取れる。

 どの作品も各声部が気まぐれに動きながら交差し、たまさかに拍節を重ねているようにしか見えないのだが、すべての音は厳密に楽譜上に書き留められており、即興や偶然性に依拠した箇所はただの一つもない。これは奏者にとっては、一瞬たりとも気が抜けない綱渡りの連続であることを意味する。

 全プログラムをファーニホウ作品で組むという世界的にみても稀で途方もない企画に、作曲家自身が白羽の矢を立てたのは、フランクフルトを拠点に活動するアンサンブル・モデルン。彼らのみならずファーニホウ作品の解釈に優れたブラッド・ラブマンというスペシャリストを指揮者に戴き、その界隈の精鋭トップランナーが、ただ一夜のミッションのために来日する。

 5月29日は武満徹作曲賞の本選。27ヵ国、79曲の応募作から選ばれた4作が演奏される。審査員は一人だから、応募者もその作曲家にシンパシーを感じているはずで、選出された曲も演奏の難易度が相当に高く、筋の通った独創的な作品のようだ。海外で長く経験を積み、近年はようやく国内でも聴く機会が出てきた篠﨑靖男が、東京フィルを振るのにも注目したい。

 また今回、選ばれたファイナリストが中米(オマール・エルナンデス・ラソはメキシコ出身)、中東-東欧(メフメット・オズカンはブルガリアで生まれた後、トルコに移住)、南欧(アンドレア・マッテヴィはイタリア出身)、アジア(室元拓人は京都生まれで東京藝大修士に在籍)と、出身が綺麗に分かれたのも興味深い。グローバルな時代だが、未だ地域性は存在するのだろうか?
文:江藤光紀
(ぶらあぼ2022年5月号より)

ブライアン・ファーニホウの音楽 
2022.5/24(火)19:00
2022年度 武満徹作曲賞 本選演奏会(審査員:ブライアン・ファーニホウ) 
5/29(日)15:00
東京オペラシティ コンサートホール
問:東京オペラシティチケットセンター03-5353-9999 
https://www.operacity.jp