【特集】コンポージアム2022
ブライアン・ファーニホウ 人と音楽

複雑な迷路の先に透けて見える研ぎ澄まされた感性

 “新しい複雑性”という言葉とともに語られることの多い、ブライアン・ファーニホウの音楽。5月24日、東京オペラシティでの「コンポージアム」は、彼の音楽を世界屈指の精鋭集団アンサンブル・モデルンの演奏で聴くことができる貴重な機会です。ドイツ・フライブルク音楽大学でファーニホウに学んだ作曲家 たかの舞俐さんに、ファーニホウという人物について、そして彼の作品への理解を深めるヒントをわかりやすく解説していただきました。

文:たかの舞俐(作曲家)

 私が初めてブライアン・ファーニホウから作曲のレッスンを受けたのは、1980年代半ばのダルムシュタット夏期現代音楽講習会でした。ファーニホウは私の作品をとても気に入ってくれて、「この作品を講習会で発表すれば良かったのに。君はこれからドイツに来るつもりはあるの?」と訊ねました。1年後、私はファーニホウが教えていたフライブルク音楽大学の大学院で彼に作曲を師事することになりました。今から考えれば、遠い東洋の国から来た、作風もまったく異なる若い女性の作品をなぜ褒めてくれたのか不思議でなりません。しかし、それは西洋中心主義に見えるファーニホウが、内面に幅広い視野を持っていたからではないかと思います。

Brian Ferneyhough ©︎ Colin Still

 1943年にイングランドで生まれたファーニホウは、1950年代から60年代にかけて台頭した前衛作曲家たちの後の世代に属しています。第2次世界大戦後、シュトックハウゼンやリゲティ、ブーレーズ、ベリオ、ノーノ、クセナキスなどの作曲家たちがそれぞれ独自の作曲スタイルを掲げて活躍しました。1970年代以降、新ロマン主義のリーム、特殊奏法を多用するラッヘンマン、音楽素材のすべてを細分化して複雑化する手法を用いた「新しい複雑性」のファーニホウなど、後続世代の作曲家たちによる新たな潮流が現れました。

 フライブルクはドイツの南に位置する小さな、明るく生き生きとした大学町で、のどかな環境のもと、さまざまな国籍の学生が住んでいました。フライブルク音楽大学は美しい大聖堂のある旧市街から路面電車で数駅走った場所にあり、その作曲科は「セリエル音楽」を徹底的に学ぶことのできるメッカのような場所でした。

 ファーニホウはイギリス紳士らしくいつも傘を携えて、颯爽と教鞭を執っていました。大変な愛猫家で、「借りている住まいが、飼い猫が爪をといで傷んでしまったため、引っ越さなければならないのを恐れている」と聞いたこともあります。

 ファーニホウからは作曲の他に、「セリエル音楽」の分析や管弦楽法など多くのことを学び、現在の私の作曲技術の土台が培われました。師事して3年後、彼はフライブルクからアメリカの大学に移りましたが、その際に私の行く末を案じて推薦状を書いてくれました。私はリゲティのもとで学ぶためにハンブルク音楽大学を受験しましたが、あわせてこの推薦状も提出して「優先入学」となりました。アメリカにいるファーニホウに心の中で感謝したものです。

 ファーニホウの作品については数多くの研究が行われていますが、手短にまとめるのは困難です。ここでは2つの作品を例に挙げて、作品全体に見られる特徴を説明することにします。

1.楽譜の複雑さと演奏の極端な難しさ
ピアノ独奏曲《レンマ-アイコン-エピグラム Lemma-Icon-Epigram》

 1981年に初演されました。よく演奏されるファーニホウ作品のひとつです。演奏者に技術・解釈の両面で大変な力量を要求します。
 楽譜に作曲者自身がこの作品を学ぶためのプロセスを書いています。まとめると次のようになります。

1.リズムを大事にしながら、大づかみに音楽のジェスチャー(表現)を考える。
2.表現を排除して、リズムや個別の音を分離して学ぶ。
3.1と2に基づいて、さまざまなジェスチャーを定着させて再構築する。

 しかし速いテンポで、例えば64分音符の長さ12個分(付点8分音符の長さ)を11の音符に分割して、さらにそのうち4個を5つの音符に分割するなど、ソルフェージュが本当に可能なのか思えるほどの複雑なリズムで全体が構成されています。
 かつてこの作品の冒頭の演奏を試みたことがありますが、譜読みを行うときには、複雑なリズムを解析してカウントができるような近似的なリズムを割り出し、その感覚を身体に覚え込ませるようにしました。

 ファーニホウの作品を演奏するときには、このような準備作業が必要となります。1991年にファーニホウに打楽器ソロ曲《ボーン・アルファベット Bone Alphabet》を委嘱して初演した打楽器奏者スティーヴン・シックも「曲を学べるようにするために、パルス(拍)の構造を作り直した」ことを論文で述べています。
 この作品はさまざまなピアニストによって演奏や録音が行われていますが、どの演奏もテンポや解釈やアーティキュレーションが異なり、一つとして似通ったものがありません。厳密に決定されたように見える楽譜は、楽譜の複雑さに対処する演奏のやり方を考えることで、かえってフリージャズで聴かれるような、個人的なリズムのずれや独自なパフォーマンスを生み出すのかもしれません。

2.音楽の表現と音色とを組み合わせた「テクスチュア」による構造
弦楽四重奏曲《(安息日が)明けたとき Dum Transisset I-IV》

 2006年にファーニホウはこの作品を発表しました。タイトルはソールズベリー典礼(イングランド国教会の典礼)の聖歌の題名の一部で、「クリストファー・タイ(ルネサンス時代のイングランドの作曲家)の後で」と副題が記されています。4つのセクションからなる12分ほどの比較的短い作品です。

 かすかに聞こえる弦楽器のピッツィカート、円を描くボーイングから作り出される音色、耳をそばだたせる美しいピアニッシモ、高音域での非常に速い動き、グリッサンドとハーモニクス、四分音などによる錯綜したテクスチュアの間から、ゆがめられたルネサンス音楽のような響きやユニゾンで奏される明確な音群などの、相反する要素が現れます。
 この作品での4つの弦楽器は、あたかも俳優のように独立した特別な役割を持って会話をしているかのように感じられます。このような特徴はファーニホウの他の作品にも見受けられます。

 ファーニホウは1974年に次のように書いています。
「私は完全に自分の中に密閉された音楽を、閉ざされた宇宙を作ろうとする。その宇宙の中で、人はそれまでの人格や先入観から開放され、私が示す非論理的な前提条件が吸収される。それはあたかも迷路のようなものである」

 今回コンポージアムで演奏される《想像の監獄 I》《イカロスの墜落》などにも、複雑な音響の中から突然異なる世界の庭園へと誘うかのような響きの部分が現れ、その音楽はやがて迷路から抜け出てゆくように終わります。ファーニホウの音楽は、いつも厳格な構成感の中に研ぎ澄まされた音楽性と開かれた人間性が息づいているのです。

たかの舞俐 Mari Takano
 桐朋学園大学作曲科卒業後、国立フライブルク音楽大学大学院にてブライアン・ファーニホウ教授に、ハンブルク音楽大学大学院でジェルジ・リゲティ教授に作曲を師事、修士修了。日本音楽コンクール、入野賞、シュトゥットガルト州作曲賞など数々の賞を受賞。師リゲティとの出会いにより、独自のオリジナリティを備えた作風を発展させ確立。ハンブルク州文化庁、在日アメリカ大使館、神奈川文化財団などから作品の委嘱を受け、作品はミュージック・フロム・ジャパン・フェスティバルなど国内外で演奏されている。文化庁特別派遣研修員としてノースウェスタン大学(アメリカ)に客員作曲家として滞在。
 2002年にファースト作品集『Women’s Paradise』を、2012年1月にセカンド作品集『LigAlien』をスウェーデンのBIS社よりリリース。後者はアメリカCD雑誌『Fanfare』でその年のべスト5に選ばれ、2018年にはBBC Radio3で同CD収録の「Flute concerto」が放送された。2022年3月、最新アルバム『In a Different Way』(フォンテック社)をリリース。
 今までにルーズヴェルト大学、ニューヨーク大学、デュッセルドルフ大学、マンハイム音楽大学に招聘され、特別講義を行う。元フェリス女学院大学准教授。現在、桐朋学園芸術短期大学、文教大学講師。

東京オペラシティの同時代音楽企画「コンポージアム2022」
◎ブライアン・ファーニホウの音楽

5/24(火)19:00 東京オペラシティ コンサートホール
ブラッド・ラブマン(指揮)
ヤーン・ボシエール(クラリネット)
アンサンブル・モデルン
ファーニホウ:
想像の牢獄 I(1982)
イカロスの墜落(1987〜88)
コントラコールピ(2014〜15)[日本初演]
クロノス・アイオン(2008)[日本初演]
◎2022年度 武満徹作曲賞本選演奏会
5/29(日)15:00 東京オペラシティ コンサートホール
審査員:ブライアン・ファーニホウ
篠﨑靖男(指揮)
東京フィルハーモニー交響楽団
問:東京オペラシティチケットセンター03-5353-9999 
https://www.operacity.jp/concert/