東京春祭 ミュージアム・コンサートの 魅力と聴きどころ

文:飯尾洋一

 上野という立地を最大限に生かしているのが「東京・春・音楽祭」のミュージアム・コンサート。美術館や博物館で聴くコンサートにはいつもとは一味違った喜びがある。多彩なプログラムのなかから、これはと思う公演を会場別に選んでご紹介したい。

歴史を俯瞰して好奇心を刺激する、国立科学博物館の2公演


 まずは国立科学博物館の公演から。地球館2階常設展示室で開催される「N響メンバーによる室内楽」(4/5、来場チケット完売、ストリーミング配信あり)では、名手たちによるクラリネット五重奏と弦楽四重奏を味わうことができる。N響首席クラリネット奏者の伊藤圭にヴァイオリンの大林修子と大宮臨太郎、ヴィオラの坂口弦太郎、チェロの山内俊輔が加わるモーツァルトのクラリネット五重奏曲は大きな聴きもの。そして、このモーツァルト晩年の傑作と組み合わされるのがショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲第2番。第2番という若い数字が付いているが、これは1944年の作品であり、交響曲でいえば第8番の少し後に相当する成熟期の作品だ。若き日に「モーツァルトの再来」と称賛されたショスタコーヴィチが、第2次世界大戦下のソ連でいかなる独自の道を歩んだのか。張りつめたテンションが孤独な天才作曲家の心情を代弁する。

上段左より:伊藤圭、大林修子、大宮臨太郎
下段左より:坂口弦太郎、山内俊輔、平井千絵

 もうひとつ、国立科学博物館では地球館2階常設展示室で開催される平井千絵の公演も楽しみだ(4/6、来場チケット完売、ストリーミング配信あり)。現代のピアノの前身であるフォルテピアノには、この楽器ならではの音色と表現力がある。プログラムはバラエティに富み、バッハやラモーらのバロック音楽からハイドン、ベートーヴェンの古典派音楽、さらには20世紀のケージまで射程に収める。過去に立ち返るだけではなく、歴史を俯瞰して好奇心を刺激するプログラムである点で、これほど博物館にふさわしいプログラムもない。

音楽祭の名物企画「東博でバッハ」

 東京国立博物館での「東博でバッハ」は、この音楽祭の名物企画。バッハの音楽が持つ普遍性を、さまざまな奏者から体感することができる。ブラームス国際コンクールとウィンザー祝祭国際弦楽コンクールで優勝を果たし、国際的に活躍する気鋭のチェリスト、伊藤悠貴はバッハの無伴奏チェロ組曲第1番、第3番、第4番に挑む(3/23、来場チケット完売、ストリーミング配信あり)。法隆寺宝物館エントランスホールのコンパクトな空間で、奏者を間近に感じながら聴くバッハは格別。バッハの合間にヒンデミットの無伴奏チェロ・ソナタop.25-3が差し挟まれ、20世紀音楽との対照が描かれるのもいい。

 「東博でバッハ」にはロン・ティボー・クレスパン国際コンクール優勝のピアニスト、三浦謙司も登場する(4/14)。バッハ時代には存在しなかった現代のピアノでいかにバッハを表現するか。その答えは無限にありうるだろう。奏者の音楽観がはっきり表れるのがバッハ。パルティータ第1番やイタリア協奏曲、フランス組曲第5番らに、ブゾーニ編曲の「シャコンヌ」も加わる。こちらは東京国立博物館平成館ラウンジで開催される。

左:伊藤悠貴 右:三浦謙司

東京都美術館では展覧会と連動した企画

 東京都美術館での公演は開催中の展覧会と連動した企画が特徴だ。ドレスデン国立古典絵画館所蔵『フェルメールと17世紀オランダ絵画展』では、修復されたフェルメールの「窓辺で手紙を読む女」が話題を呼んでいるが、これに合わせた記念コンサート3公演が開催される。vol.1 名倉亜矢子(ソプラノ)& 永田斉子(リュート)(3/20)、vol.2 中野振一郎(チェンバロ)(3/24)、vol.3 上尾直毅(チェンバロ)(3/30)で、絵画と合わせて古楽を楽しみたい。

ヨハネス・フェルメール 《窓辺で手紙を読む女》(修復後) 1657-59年頃 ドレスデン国立古典絵画館 (C) Gemäldegalerie Alte Meister, Staatliche Kunstsammlungen Dresden, Photo by Wolfgang Kreische
左より:名倉亜矢子、永田斉子、中野振一郎、上尾直毅

 また、4月22日から開催される『スコットランド国立美術館 THE GREATS 美の巨匠たち』展のプレ・コンサートとして、スコットランドの音楽をフィーチャーした松岡莉子(ケルティックハープ)& 中藤有花(フィドル)の公演(4/6)と、A.スカルラッティやヴィヴァルディらのバロック音楽を集めた濱田芳通&アントネッロ(古楽アンサンブル)(4/8)の2公演が開催される。

左より:松岡莉子、中藤有花、濱田芳通&アントネッロ

現代美術と音楽が出会うとき

 上野の森美術館では、毎年この時期に現代美術の展覧会『VOCA展』が開かれている。となれば、ここで開催されるミュージアム・コンサートにはモダンな音楽が似合う。「成田達輝(ヴァイオリン) 〜現代美術と音楽が出会うとき」(3/24)では、グロボカール、ジョリヴェ、平義久、一柳慧らの作品に加えて、吉田文、梅本佑利、増井哲太郎の3人の新作が世界初演されるきわめて意欲的なプログラムが用意された。数々の国際コンクールで入賞を果たし、華々しい活躍をくりひろげる成田達輝だが、かねてより現代音楽にも情熱を注いでおり、この企画にこれ以上の人選はない。ちなみに、沈黙の音楽としてあまりに有名なケージの「4分33秒」もプログラムに含まれているので、一度実演を体験してみたい方はぜひ。

左より:成田達輝、長哲也、金子亜未、芳賀史徳、福士マリ子

 「長哲也(ファゴット) 〜現代美術と音楽が出会うとき」(3/25)でも、イサン・ユン、池辺晋一郎、ルトスワフスキらの作品に加えて、小櫻秀樹の新作が世界初演される。新たな作品との出会いはいつだってワクワクするもの。東京都交響楽団首席ファゴット奏者として活躍する長哲也に、オーボエの金子亜未、クラリネットの芳賀史徳、ファゴットの福士マリ子が加わる。発見の多い一夜になるはず。

 なお、国立西洋美術館は4月8日まで長期休館中のため、今回は東京文化会館小ホールにて「美術と音楽~ローエングリン前奏曲(アンリ・ファンタン=ラトゥール)」(3/28)と「美術と音楽〜牢獄のサロメ(ギュスターヴ・モロー)」(4/7)が連動企画として開催される。美術館のリニューアルオープンを待ち望みつつ、一足先に音楽を楽しみたい。

■国立科学博物館
三宅理恵(ソプラノ)

2022.3/23(水)19:00 国立科学博物館 地球館地下2階常設展示室
鳥羽咲音(チェロ) *来場チケット完売
2022.3/29(火)19:00 国立科学博物館 地球館2階常設展示室
N響メンバーによる室内楽 *来場チケット完売
2022.4/5(火)19:00 国立科学博物館 地球館2階常設展示室
平井千絵(フォルテピアノ) *来場チケット完売
2022.4/6(水)19:00 国立科学博物館 地球館2階常設展示室
落合真子(ヴァイオリン)
2022.4/12(火)19:00 国立科学博物館 地球館2階常設展示室
●料金(税込)
全席自由 各¥4,000

■東京国立博物館
東博でバッハ vol.54 伊藤悠貴(チェロ) *来場チケット完売
2022.3/23(水)19:00 東京国立博物館 法隆寺宝物館エントランスホール
東博でバッハ vol.55 藤木大地(カウンターテナー)  *来場チケット完売
2022.3/30(水)19:00 東京国立博物館 平成館ラウンジ
※当初発表の日程から変更となりました。
東博でバッハ vol.56 中村太地(ヴァイオリン)
2022.3/31(木)19:00 東京国立博物館 法隆寺宝物館エントランスホール

東博でバッハ vol.57 小暮浩史(ギター)
2022.4/7(木)19:00 東京国立博物館 法隆寺宝物館エントランスホール
東博でバッハ vol.58 三浦謙司(ピアノ)
2022.4/14(木)19:00 東京国立博物館 平成館ラウンジ
●料金(税込)
全席自由 各¥4,000

■東京都美術館
「フェルメールと17世紀オランダ絵画展」記念コンサート vol.1
 名倉亜矢子(ソプラノ)&永田斉子(リュート)
2022.3/20(日)14:00 東京都美術館 講堂

「フェルメールと17世紀オランダ絵画展」記念コンサート vol.2
 中野振一郎(チェンバロ)
2022.3/24(木)14:00 東京都美術館 講堂
「フェルメールと17世紀オランダ絵画展」記念コンサート vol.3 
 上尾直毅(チェンバロ)
2022.3/30(水)14:00 東京都美術館 講堂
「スコットランド国立美術館 THE GREATS 美の巨匠たち」展 プレ・コンサート vol.1
 松岡莉子(ケルティックハープ)&中藤有花(フィドル)
2022.4/6(水)14:00 東京都美術館 講堂

「スコットランド国立美術館 THE GREATS 美の巨匠たち」展 プレ・コンサート vol.2
 濱田芳通&アントネッロ(古楽アンサンブル)
2022.4/8(金)14:00 東京都美術館 講堂

●料金(税込)
全席指定 各¥2,500

■上野の森美術館
成田達輝(ヴァイオリン) 〜現代美術と音楽が出会うとき

2022.3/24(木)19:00 上野の森美術館 展示室
長 哲也(ファゴット) 〜現代美術と音楽が出会うとき
2022.3/25(金)19:00 上野の森美術館 展示室

●料金(税込)
全席自由 各¥4,000

■国立西洋美術館
国立西洋美術館 × 東京・春・音楽祭
美術と音楽~ローエングリン前奏曲(アンリ・ファンタン=ラトゥール)
黒川 侑(ヴァイオリン)&黒岩航紀(ピアノ)

2022/3.28日(月) 11:30 東京文化会館 小ホール
国立西洋美術館 × 東京・春・音楽祭
美術と音楽〜牢獄のサロメ(ギュスターヴ・モロー)
林 正子(ソプラノ)&石野真穂(ピアノ)

2022/4.7(木)11:30 東京文化会館 小ホール

*国立西洋美術館は館内施設整備のため、2022.4/8(金)まで休館中です。
 本公演は東京文化会館 小ホールでの開催となります。

●料金(税込)
全席指定¥3,000

【来場チケット販売窓口】
●東京・春・音楽祭オンライン・チケットサービス(web。要会員登録(無料))
https://www.tokyo-harusai.com/ticket_general/
●東京文化会館チケットサービス(電話・窓口)
TEL:03-5685-0650(オペレーター)