宮本亞門 東京二期会演出デビュー作品《フィガロの結婚》を再演

 東京二期会オペラ劇場《フィガロの結婚》が2月9日に初日を迎えた。その前日の8日に行われた、11日・13日出演組の最終総稽古(ゲネラル・プローベ、ゲネプロ)を取材した。
(2022.2/8 東京文化会館 取材・文:林 昌英 撮影:寺司正彦)
*稽古のため衣裳・メイク・カツラその他、本番とは異なります。一部シーンの写真は割愛しております。

 2月9日から13日には、元々はR.シュトラウス《影のない女》新演出の上演が予定されていたが、昨年11月末から続く入国制限のため、準備や稽古に関わる外国人スタッフの来日が叶わず、やむなく上演断念に追い込まれた。そのことは残念という以上のものがあり、主催者のダメージは想像に余りあるが、すぐに《フィガロの結婚》の代替上演を決めて、新たに表現の場を作ったことは非常に価値のある決断だった。

 選ばれたのは、宮本亞門の二期会演出デビューとして2002年に初演された舞台。好評で幾度も再演を重ねてきた得意のレパートリーである。今年は宮本の二期会演出デビュー20周年と二期会創立70周年にあたり、7月には彼の演出による《パルジファル》(新制作)が予定されており、そこにつながる上演という形にもなった。

左:種谷典子(スザンナ) 右:近藤 圭(フィガロ)
近藤 圭(フィガロ)
左:藤井麻美(マルチェリーナ) 右:種谷典子(スザンナ)

 感染拡大の続く最中でのゲネプロは、慎重を期してソリストたちもマスク着用(外すとしても舞台に単独で出る間のみ)での総稽古となったが、それでも行き届いた演技と歌唱は十分に味わえた。

 この日は、事情により、アルマヴィーヴァ伯爵は与那城敬の代わりに⼤沼徹、バルバリーナは全詠⽟の代わりに⾬笠佳奈が、それぞれ前日(7日)のゲネプロに続いて登場したが、他は予定キャスト通り。とにかく、全員隙がない。代演も含めて呼吸がぴったりで、二期会のチーム力が存分に発揮されていた。機知に富んだフィガロの近藤圭と、可憐かつ芯の強いスザンナの種⾕典⼦の明るい歌と演技。伯爵夫⼈の髙橋絵理の高貴な佇まいと憂愁、ケルビーノの郷家暁⼦のやんちゃな少年の活発さ、敵役から仲間(家族)になる藤井⿇美のマルチェリーナと北川⾠彦のバルトロの憎めない存在感。そこにバジリオの高橋淳がちょっとだけ過剰な演技で楽しいスパイスに。すべての役が過不足なく期待通りの水準だ。

郷家暁子(ケルビーノ)
左:種谷典子(スザンナ) 右:郷家暁子(ケルビーノ)
左より:種谷典子(スザンナ)、近藤 圭(フィガロ)、郷家暁子(ケルビーノ)

 そんな舞台を作り上げるエンジンとなったのは、川瀬賢太郎の指揮だろう。彼の近年の活躍ぶりは改めて記すまでもないが、今回も期待に違わぬ存在感を発揮。序曲から切れ味抜群、アグレッシブな演奏を展開。なにより「楽しくてたまらない」という気持ちの伝わる指揮ぶりが、会場のムードを盛り上げる。ピットの新日本フィルは、もとより古典演目を得意としており、熱気と品位のある独特の音色を十全に聴かせてくれる。モーツァルトの最高の音楽を、存分に味わえるよろこび。

 そして、宮本亞門の演出。まずはオーソドックスといえるもので、時代の変更やストーリーの読み替えなどはなく、演技にはスピード感があってユーモラス、初心者の方でも安心して楽しめるはず。

髙橋絵理(伯爵夫人)
左より:郷家暁子(ケルビーノ)、種谷典子(スザンナ)、髙橋絵理(伯爵夫人)
髙橋絵理(伯爵夫人)

 とはいえ、楽しみながらも考えさせられるのが象徴的なセット。舞台上にあるのは、部屋を示す“枠”。第1幕は小さい枠のフィガロとスザンナの部屋で、背後には大きな2つの枠が見える。第2幕は伯爵夫人の部屋でより大きい枠だが、高い壁が圧迫感を与える。第3幕の伯爵の部屋は最大の枠から舞台後方まで枠が連なり、奥行きが生まれる。第4幕はその枠がずれて配置され、闇の森の様子に。

 騙し合い、誘惑、怒りと喜びとが交錯するストーリー。そこには数々の“ハラスメント”が描かれるが、その根源は当時の社会や仕組みにあることが“枠”で仄かに暗示されるのみ。一人ひとりはその世界の中で懸命に生きているにすぎない。人物が舞台を縦横に動けるのは第4幕、“枠組み”のずれた“闇”の中だけだ。

髙橋絵理(伯爵夫人)
左より:北川辰彦(バルトロ)、近藤 圭(フィガロ)、藤井麻美(マルチェリーナ)
左より:北川辰彦(バルトロ)、種谷典子(スザンナ)、藤井麻美(マルチェリーナ)、近藤 圭(フィガロ)

 宮本はストーリーや人間関係に無理に手を入れることはなく、誰かを過度に罰することもない。喜ばしいときは素直に喜ぶような愛すべき人物たちが、その時代や社会の仕組みにいつの間にか組み込まれていることの切なさ。それはまた、さまざまな“枠組み”が課せられ続ける現代に、新たなメッセージとして届いてくる。

 最終局面、自身の“ハラスメント”に気づいた伯爵がついに心から悔い、それを“赦し”を与える伯爵夫人の気高さ。この場面にモーツァルトが書いた、神がかりとしか言いようのない絶美の音楽のちから・・・・・・いま、この舞台と演奏が実現した意義は、このうえなく深い。

左:種谷典子(スザンナ) 右:髙橋絵理(伯爵夫人)
左:髙橋絵理(伯爵夫人) 右:郷家暁子(ケルビーノ)
左:近藤 圭(フィガロ) 右:種谷典子(スザンナ)

【Information】
《二期会創立70周年記念公演》
東京二期会オペラ劇場《フィガロの結婚》
(全4幕、日本語字幕付き原語(イタリア語)上演)

2022.2/9(水)18:30、2/11(金・祝)14:00、2/12(土)14:00、2/13(日)13:00
東京文化会館

指揮:川瀬賢太郎
演出:宮本亞門
管弦楽:新日本フィルハーモニー交響楽団

アルマヴィーヴァ伯爵:大沼 徹(2/9, 2/12) 与那城 敬(2/11, 2/13)
伯爵夫人:大村博美(2/9, 2/12) 髙橋絵理(2/11, 2/13)
スザンナ:宮地江奈(2/9, 2/12) 種谷典子(2/11, 2/13)
フィガロ:萩原 潤(2/9, 2/12) 近藤 圭(2/11, 2/13)
ケルビーノ:小林由佳(2/9, 2/12) 郷家暁子(2/11, 2/13)
マルチェリーナ:石井 藍(2/9, 2/12) 藤井麻美(2/11, 2/13)
バルトロ:畠山 茂(2/9, 2/12) 北川辰彦(2/11, 2/13)
バジリオ:高柳 圭(2/9, 2/12) 高橋 淳(2/11, 2/13)
ドン・クルツィオ:渡邉公威(2/12) 児玉和弘(2/9, 2/11, 2/13)
バルバリーナ:雨笠佳奈(2/9, 2/12) 全 詠玉(2/11, 2/13)
アントニオ:的場正剛(2/9, 2/12) 髙田智士(2/11, 2/13)
花娘1:辰巳真理恵(2/9, 2/12) 金治久美子(2/11, 2/13)
花娘2:横森由衣(2/9, 2/12) 長田惟子(2/11, 2/13)
合唱:二期会合唱団

*各公演日の出演者については下記ウェブサイトでご確認ください。

問:二期会チケットセンター03-3796-1831
http://www.nikikai.net
http://www.nikikai.net/lineup/figaro2022/index.html