Piano duo Sakamoto​ ​坂本彩・坂本リサ(ピアノデュオ)from ロストック(ドイツ)
海の向こうの音楽家 vol.7

ぶらあぼONLINE新コーナー:海の向こうの音楽家
テレビなどで海外オケのコンサートを見ていると「あれ、このひと日本人かな?」と思うことがよくありますよね。国内ではあまり名前を知られていなくとも、海外を拠点に活動する音楽家はたくさんいます。勝手が違う異国の地で、生活に不自由を感じることもたくさんあるはず。でもすベては芸術のため。このコーナーでは、そんな海外で暮らし、活動に打ち込む芸術家のリアルをご紹介していきます。
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 第7回は、今年9月のARDミュンヘン国際音楽コンクール ピアノデュオ部門で第3位に入賞し、一躍脚光を浴びた姉妹デュオ「Piano duo Sakamoto」の坂本彩さんと坂本リサさん。ファイナルのステージでは、客席からひときわ大きな拍手が沸き起こっていました。コンクールから2ヵ月近く経った今、改めてミュンヘンでの経験、そしてピアノデュオへの想いを、バルト海に面した北ドイツの街ロストックからレポートしていただきました。

文・写真提供:坂本彩&坂本リサ

夏のロストックの港
冬のロストックの港

 バルト海に面したドイツの港町、ロストック。私たち姉妹は「ピアノデュオ」と向き合うため、2年前にこの街へやって来ました。

 幼い頃から共にピアノを学びながら、自然な流れでデュオにも親しんでいた私たちですが、その奥深さと難しさを知ったのはドイツへ来る少し前のこと。ぼんやりと留学を考え始めたタイミングで、本業であったソロ活動の合間にデュオとしての演奏機会が増えたことで、「思い切って、100%ピアノデュオに集中してみたらどうだろう…」と二人で話し合い、ロストック音大のピアノデュオ科への進学を決意したのでした。

師匠であるステンツル Stenzl 兄弟と
(左:兄のハンス゠ペーター・ステンツル Hans-Peter Stenzl 先生、
右:弟のフォルカー・ステンツル Volker Stenzl 先生)

 ロストックでは、個人練習の時間以外は基本的にいつも一緒に過ごしています。息を合わせて分担しながら料理をし、同じベッドで寝て、ひとりでいた時に見つけた美しいものや驚いた出来事は全て共有します。私たちは自他共に認める仲良し姉妹ですが、実は性格は真逆で、合わせ中はそれぞれの音楽への解釈がぶつかることも多々あります。

ハンス゠ペーター・ステンツル先生と
フォルカー・ステンツル先生と

 そして、留学当初から私たちが目標としていたのが、今年9月に行われた第70回ARDミュンヘン国際音楽コンクールでした。世界中で行われているピアノデュオのためのコンクールの中でもミュンヘンは最難関と言われており、待ちわびていたピアノデュオ部門の開催は今回が6年ぶり。

 昨年10月末、ロックダウン直前のレストランで食事をしていた際に課題曲が発表され、多くの新曲を準備しなければならないことを知って不安になりながらも、一気に胸が高鳴ったことを思い出します。その瞬間お店のBGMで鳴り始めた、ABBAの「Mamma Mia」を私たちのテーマソングにすることと決め、そこから計3時間半ほどの課題曲たちと長い長い時間を共にしました。

 今回はコロナ禍による影響で、予備予選と一次予選はビデオ審査、二次予選・セミファイナル・ファイナルはミュンヘンにて行われる事になりました。7月、フランスでの講習会真っ最中に一次予選の結果をメールで受け取った日の、「憧れのミュンヘンで演奏できるんだ!」という感動は今でも鮮明に覚えています。ミュンヘンでは美味しいビールを飲みたい気持ちをグッと堪えて、朝早くからミュンヘン音大が閉まるギリギリの時間まで練習し、ホテルへ戻ると二人の感覚を合わせるためにひたすら歌いながらイメージトレーニング。この時の必死な姿は誰にも見せられません。

ARDミュンヘン国際音楽コンクール セミファイナルのステージ

 セミファイナルの弾き順を決めるクジで一番目を引いて落ち込んだり、リサは緊張からか二次予選の本番数十分前までベッドから動けなかったり…様々な出来事はありましたが、今になって思えば、ひとつひとつのステージを最後まで弾き切れたということだけでも、運が良かったなと感じています。

 そうして進んだファイナルの直前には、様々な感情が込み上げ、二人とも情緒不安定になるほど胸がいっぱいになっていました。ミュンヘンまでリハーサルを聴きに来てくださった師匠と話しながら三人で泣き、日本の先生方からのビデオメッセージを見ては泣き…。

 舞台袖で「いつもの言葉」をお互いに掛け合い登場した、ファイナルのステージ。これまでに経験したことがないほどの大きな緊張感に身体がカチコチになるのを感じつつ、歴史あるヘラクレスザールの温かい響きに包まれながら、バイエルン放送響と共演した時間は心から幸せでした。正直、演奏していた時の記憶はほとんどなく、演奏を終えて耳にしたブラボーの声で、ただただ全てのプレッシャーから解放され力が抜けたことを覚えています。

ARDミュンヘン国際音楽コンクールの舞台裏にて

 第3位の発表で私たちの名前が呼ばれた時は、嬉しさ半分、悔しさ半分という気持ちでしたが、それに加えて聴衆賞を頂けたことは、私たちにとって何よりの励みとなりました。

 コロナ禍で多くの演奏機会が失われてしまった約一年半を経て、お客様がいらっしゃることで生まれる特別な音楽があることを深く実感しました。私たちは普段、二人での練習において綿密に話し合いながら合わせをしますが、やはり本番での演奏は全く別物で、特別な空気感のなかでこそ得られる自由な発想は何にも代え難いです。今回それぞれのステージにおいて聴いてくださった方から掛けていただいた温かいお言葉の数々は、私たちにとって生涯忘れることのできない宝物になると思います。

 コンクール期間を経て、自分たちのピアノデュオへの大きな愛を再確認しました。まだまだ知られていない、眠ったままの名曲がたくさんあること。二人のピアニストが集まって演奏すると、一人のときには成し得ないような世界を表現できる可能性があること。そして、自分たちにはかけがえのない相方がいること…。世界中から集まったデュオの演奏に触れ、さまざまなステージを経験したなかで得たことは、きっと、これからの私たちの演奏を更に変えてくれると信じています。

 練習中にはもどかしい瞬間も多々ありますが、さまざまな可能性を秘めたピアノデュオ、そして素晴らしいクラシック音楽の世界とこれからも真摯に向き合いながら、私たちの演奏を通じて音楽の喜びや楽しさを一人でも多くの方にお伝えできたら、と願っています。

左:坂本リサ 右:坂本彩

Piano duo Sakamoto​ 

彩6歳、リサ4歳よりピアノデュオを始める。
​第70回ARDミュンヘン国際音楽コンクールピアノデュオ部門において、日本人デュオとして初の第3位入賞・併せて聴衆賞を受賞。
第32回ピティナ・ピアノコンペティション ジュニア2台の部優秀賞(第1位)及び洗足学園前田賞受賞。
第7回国際ピアノデュオコンペティション(ポーランド)にて第1位及びパデレフスキ賞受賞。副賞として、2019年3月ポーランド・グダニスクにてリサイタルを行う。
第21回シューベルト国際ピアノデュオコンクール(チェコ)にて第1位を受賞するなど、国内外のコンクールにおいて入賞を重ねている。
姉妹ともに東京藝術大学大学院音楽研究科修士課程ピアノ科で学び、現在ドイツ国立ロストック音楽・演劇大学修士課程ピアノデュオ科に在籍中。2020年よりドイツ・Familie-Rahe財団奨学生。
ピアノデュオを加藤真一郎、伊藤恵、Olha Chipak&Oleksiy Kushnir、Hans-Peter Stenzl&Volker Stenzlの各氏に師事。
姉妹共に日本棋院・囲碁初段。
https://www.pianoduosakamoto.com