ピアノ・ソナタの“最高峰”に対峙する
ソリストとしてはもちろん、室内楽奏者としても数多くの演奏家から厚い信頼を寄せられているピアニストの青柳晋。彼が2006年から毎年開催している自主企画リサイタル「リストのいる部屋」が第16回を迎える。リストを“ホスト”に据え、“ゲスト”作曲家を一人選びプログラミングするこのリサイタルだが、今年はゲストであるベートーヴェンの存在感が大きいプログラムとなった。中心となるのはピアノ・ソナタ第29番「ハンマークラヴィーア」だ。
「ベートーヴェンの全ピアノ曲はもちろんですが、あらゆるピアノのレパートリーを見渡しても最高峰に位置する楽曲です。実際、今までに弾いてきた曲の中でも一番難しい。音楽的にも、技術的にも高いものが求められるのはもちろんですが、自分の“人間力”を試されているような気もして…。これをどこまで突き詰められるかやってみたいと思い、取り組むことにしました」
今回の公演ではほかにベートーヴェンの「バガテル」op.126、「遥かなる恋人に寄す」(リスト編曲版)が並ぶ。青柳は「ハンマークラヴィーア」を含めたこれらの曲を“人間讃歌”だという。
「『バガテル』は“取るに足らないこと”という意味ですが、あれだけのことを成し遂げてきた作曲家の最後のピアノ曲のタイトルがこれって凄いなと。シンプルな音階やアルペジオにすら哲学を込めているような人なのにこういうことができるというのは、ゆとりや包容力があり、どこか肩の力も抜けた、“人生の達人”のような人だなと思ったんですよね。
そして『遥かなる恋人に寄す』は、ベートーヴェンがのちの時代に与えた影響の大きさというものに思いを馳せて選びました。リストがピアノ独奏用に編曲していることはもちろん、この歌曲の最終曲の旋律はシューマンの『幻想曲ハ長調』に引用されています。時代と時代をつなぐ大きな存在だったんだなということを改めて感じますね」
昨年は自主レーベルを立ち上げリストの「巡礼の年 第1年『スイス』」をリリースした青柳。多彩な演奏活動に、毎年の「リストのいる部屋」の継続はもちろん、今後は新たなレコーディングを含め、様々なプロジェクトを計画中だという。
「今回『ハンマークラヴィーア』に挑戦してみたら、いろいろな曲が弾きやすくなったり、違う見方ができたり、よりピアノを弾くことが楽しくなってきました。様々な形で自分なりの表現をしていきたいですが、これまで歌曲の伴奏をする機会がなかったので、そういうことにも取り組んでいきたいですね」
取材・文:長井進之介
(ぶらあぼ2021年11月号より)
青柳 晋 自主企画シリーズ リストのいる部屋 Vol.16
2021.12/17(金)19:00 Hakuju Hall
問:ジェスク音楽文化振興会03-3499-4530
https://susumusic.jp