●vol.1 さいたま市立浦和高等学校 吹奏楽部
●vol.2 茨城県立境高等学校 吹奏楽部
●vol.3 日本航空高等学校 吹奏楽団
●vol.4 東海大学菅生高等学校 吹奏楽部
●vol.5 尼崎市立尼崎双星高等学校 吹奏楽部
●vol.6 秋田県立秋田南高等学校 吹奏楽部
●vol.7 千葉県立国府台高等学校 吹奏楽部
●vol.8 高校生による夢の吹奏楽コンサート
●vol.9 和歌山県立星林高等学校吹奏楽部
●vol.10 日本航空高等学校 吹奏楽団
●vol.11 日本ウェルネス高等学校 吹奏楽部
●vol.12 島根県立出雲商業高等学校 吹奏楽部
●vol.13 出雲北陵高等学校 吹奏楽部
●vol.14 柏市立柏高等学校 吹奏楽部
●vol.15 横浜市立保土ケ谷中学校 吹奏楽部
●vol.16 北海道札幌国際情報高校 吹奏楽部
●vol.17 駒澤大学附属苫小牧高等学校 吹奏楽局
●vol.18 船橋市立船橋高等学校 吹奏楽部
●vol.19 第51回マーチングバンド全国大会
●vol.20 生駒市立生駒中学校 吹奏楽部
●vol.21 京都橘高等学校吹奏楽部
●vol.22 洛南高等学校 吹奏楽部
●vol.23 スペシャル対談 上野耕平&児玉隼人
●vol.24 沖縄県立小禄高等学校 吹奏楽部
●vol.25 佐賀学園高等学校 吹奏楽部
●vol.26 中村明夫(長崎短期大学保育学科准教授)
●vol.27 石川県立金沢桜丘高等学校 吹奏楽部
●vol.28 第72回全日本吹奏楽コンクール・高等学校の部レポート
さいたまスーパーアリーナを熱狂させた色とりどりのショー
取材・文・写真:オザワ部長(吹奏楽作家)
国内最大級の多目的イベント施設として知られるさいたまスーパーアリーナ。その日、大観衆を熱狂させていたのは、大物アーティストでもプロスポーツチームでもスーパーアイドルでもない。
管楽器を吹き鳴らし、打楽器を力強く叩き、フラッグやセイバーを使ってパフォーマンスをする——それはマーチングバンドの高校生たちだった。
2023年12月10日、マーチングの最高峰であるマーチングバンド全国大会の高等学校の部が開催された。そこには、吹奏楽を源流としながら独自の進化を遂げた「ショー」の熱狂があった。
いま、日本の「マーチング」にはいわば二大流派が存在している。ひとつは全日本吹奏楽連盟が主催するマーチングコンテストで、マーチングという言葉から連想されるような「行進」を主体とし、演奏を重視するスタイル。そして、もうひとつが日本マーチングバンド協会が主催するマーチングバンド全国大会だ。
マーチングバンド全国大会に参加するチームは、おおよそブラス(ホーンズ)・バッテリーパーカッション・ピットパーカッション・カラーガードという4パートで構成されている。ブラスは管楽器を演奏しながらフロア上を動き回ってさまざまな図形などを描き出し、バッテリーはブラスとともに動きながら力強いパフォーマンスを見せる。ピットは最前列の固定された位置で鍵盤打楽器やドラム、ティンパニなどを演奏し、カラーガードは主にフラッグ・ライフル・セイバー(サーベル)といった手具を使って演技やダンスを披露する。
ショーの中では大道具や小道具も駆使し、華やかな衣装も身につけ、ときにはアクロバティックな動きも取り入れて観客を魅了するマーチングは総合芸術の1ジャンルと言えるかもしれない。
マーチングバンド全国大会・高等学校の部には小編成(54名以内)に16校、中編成(55〜90名以内)が8校、大編成(91名以上)が4校、合計28校出場した。各校に金・銀・銅、編成別の最優秀賞のほか、全体を通じて1校がグランプリに選ばれる。
なお、2022年のグランプリは大編成の神奈川県立湘南台高校吹奏楽部 White Shooting Starsだった(湘南台高校のように学校・部活名の後にチーム名がつくことがあるのもマーチングバンド全国大会の特徴)。
演奏・演技に対する規定が基本はないため、熱気に溢れたさいたまスーパーアリーナで披露された28校のショーはどれも個性的で、工夫が凝らされ、見どころがあった。
小編成では、トランペットソロを含めて演奏が抜群に素晴らしかった専修大学熊本玉名高校 VENTURES(熊本)の「Into the Sky」、情熱的なカラーガードの演技と圧倒的迫力のブラスやパーカッションでジャズ漫画「BLUE GIANT」の世界を描いた沖縄県立西原高校マーチングバンド(沖縄)が印象に残った。
中編成では、「鬼狩り」をテーマにしてカラーガードがセイバーならぬ日本刀(もちろん、模造)で鬼退治をした大分県立大分商業高校吹奏楽部(大分)の「鬼殺 KISATSU -悪鬼滅殺血風譚-」、吹奏楽コンクールで鍛え上げた演奏力が凄まじく美しかった明浄学院高校吹奏楽部 Queenstar(大阪)の「W-Queen of Stage」、アンドロイドに支配された廃墟の都市で生きる人間の姿を描いた茨城県立大洗高校「BLUE-HAWKS」(茨城)の「automata」が素晴らしかった。
西原高校と大洗高校はともに昨年までは中編成のライバルだったが、いずれも会場全体を呑み込み、さいたまスーパーアリーナの室温が数度上昇したかのような感覚を覚える熱演だった。そして、両校はそれぞれ小編成・中編成の編成別最優秀賞に選ばれた。
参加人数の上限がない大編成はダイナミックなショーの連続だった。
「日本初の学生マーチングバンド」で、昨年11月にフジテレビ系「ウワサのお客さま」に登場して話題を呼んだ関東学院マーチングバンド(神奈川)はキャスター付きのデスクを巧みに活用していきいきと《RISE UP!!》を披露。「Flusso d’ acqua」と題し、フロアを埋め尽くすような人数でオットリーノ・レスピーギの《交響詩「ローマの噴水」》を演奏した埼玉栄中学・高校マーチングバンド(埼玉)は鳥肌が立つほどの圧巻のショーだった。東京農業大学第二高校吹奏楽部 EMERALD KNIGHTS(群馬)は、吹奏楽連盟のマーチングコンテストとの二刀流。奏者はもちろん、カラーガード(特に男子)が鮮烈なパフォーマンスを見せ、驚異の両大会でのW金賞を達成した(なお、ショーの内容はまったく別)。そして、トリに登場したディフェンディングチャンピオン・湘南台高校(神奈川)は「Chameleon Patrol」と題したショーを披露。爬虫類のカメレオンをフィーチャーしたユニークな内容だが、演奏とパフォーマンスがハイレベルで融合されており、終盤には思わず目頭が熱くなるような感動があった。
ここで書ききれなかったが、すべての出場校のショーに個性があり、マーチングが大好きだという思い、仲間たちとさいたまスーパーアリーナで演奏・演技ができる喜びが伝わってきた。
ここからは個別の学校への取材をもとに書いていきたい。
小編成に3年連続5回目、50人での出場となった千葉敬愛高校マーチングバンドGraceful Spirit(千葉)。かつては「吹奏楽部」だったが、2002年からマーチング活動を開始し、2010年からは部員からの要請でマーチングバンド部に名称変更。関東第一高校吹奏楽部時代に全日本吹奏楽コンクール出場経験もある代表顧問の小早稲茂雄先生が「音楽を大切にしながら、品のある活動をしていこう」と指導を行っている。
今回は「最後の審判〜The Last Judgement〜」と題し、ふたりのヒロインが暗黒の世界の悪魔と戦って神聖な純白の世界を勝ち取る物語を表現。演奏曲はアニメ『BLOOD+』の音楽を採用した。
キャプテンでカラーガード担当の2年生、山口はなさんはショーの中で悪魔役を演じた。
「衣装の関係で顔が隠れていたので、いかに体だけで悪魔を表現するかが難しかったです。また、悪魔役は私ひとりなので、責任も感じました」
千葉敬愛のカラーガードは10人。しかし、未経験からスタートしたメンバーも少なくない。カラーガードの演技には「バレエ基礎」という動きも必要とされるが、バレエの経験者は1人しかいない。
「学年ごとに技術の差も大きいのですが、全国大会までには全員を同じレベルにするため、試行錯誤しながら後輩たちを育てるという苦労がありました」
小早稲先生は小編成ゆえの大変さも感じていたという。
「人数が少ないということは、一人ひとりの負担が大きいということ。座奏とは違い、一人のわずかなズレもはっきり見えてしまいます。観客や審査員をショーで驚かせ、感動させるには50人が相当動かないといけないですし、演奏面でも手が抜けません。そんな中で『これで小編成なの!?』と驚かれるものを目指しました」
ストーリー性のあるショーは観客の心に届き、演奏後には大きな拍手が送られた。審査の結果は銀賞だった。
「金賞を目指していたので結果は悔しかったですけど、私自身はショーの冒頭のドラムのドンッという音から物語の世界に入り込み、悔いなくやり切ることができました」
山口さんはそう語ってくれた。
福岡大学附属大濠高校(福岡)は私立の進学校だ。吹奏楽部はこのマーチングバンド全国大会だけでなく、吹奏楽コンクール、マーチングコンテストにも出場しており、勉学と両立しながら超過密スケジュールで1年を過ごしている。
名誉顧問の浦川義信先生がその多忙さを教えてくれた。
「6月にパレコン(マーチングコンテスト)の予選が始まりますし、その1週間後には全九州カラーガード・パーカッションコンテスト、7月には吹奏楽コンクール、8月に定期演奏会。9月にマーチングバンド九州大会の福岡県予選、11月に九州予選、そして、12月に全国大会です。ほかにフェスティバルなどへの出演や依頼演奏もありますが、試験期間はきちっと部活を休みにするため、効率的に練習を進める必要があります」
例年3年生は8月の定期演奏会で引退するため、マーチングバンド全国大会には予選段階から基本的に1、2年生で挑んでいる。今年は18人の3年生が残ってくれたため、約80人での出場となった。
そんな状況でも大濠はマーチングバンド全国大会に今回で11年連続20回目の出場となった。「BLOOD」というテーマを掲げ、奏者やカラーガードが血管や血液、心臓を思わせるモチーフを描き出しながら熱演を見せた。
2年生でトロンボーン担当の寺島采希さんはショーの意図をこう語った。
「いままで大濠のマーチングが受け継いできた伝統を『大濠の血』として表現し、過去のショーのギミック(パフォーマンス)や音楽を取り入れ、最後はみんなで声を合わせて『ブラッド!』と叫びました」
音楽はピーター・グレイアム《The Red Machine》やデヴィッド・ホッジス《My Immortal》など。質の高い演奏が流れる中、カラーガードは次々と手具のトスをキャッチし、トータルでまさしく「血湧き肉躍る」ショーとなっていた。
そんな華麗な演奏・演技の裏側にあった苦労を浦川先生が打ち明けてくれた。
「今回は病気との戦いでしたね。コロナとインフルエンザです。毎年、全国大会のときに体調を崩す部員はいましたが、これほどの人数が……と不安になるほどの体調不良者が出ました。本番に全員揃わないのではないかと危機感が募りましたが、どうにかみんなで出場することができてよかったです」
一方、寺島さんは進学校の学生ならではの大変さを語ってくれた。
「九州大会が終わってすぐテスト期間に入り、部活が止まってしまったのですが、再開されたときに部員たちの技術も部活への意欲も下がってしまっていました。全国大会に向けてどうモチベーションを上げていくか、幹部で話し合ったり、卒業生の先輩たちにサポートをしていただいたりしながら考えました。テスト期間に技術が下がってしまうのは私自身の課題でもあったので、自分との戦いだと思って練習しました」
寺島さんたちの奮闘もあって大濠のメンバーは高い意識を持って全国大会に挑み、銀賞を受賞した。
「目指していた金賞に届かなかったのは悔しいですが、1年生だった昨年よりも余裕を持って楽しみながら演奏・演技ができましたし、部全体としても納得のできる出来のショーだったと思います」
2年生の寺島さんは、来年は受験もあり、マーチングバンド全国大会には参加しないつもりだという。高校生活最後のさいたまスーパーアリーナで、「大濠の血」を後輩たちへと引き継いだ。
大編成に出場した関東学院マーチングバンド(神奈川)は、いわば高校マーチング界の老舗。マーチングバンド全国大会にも今回で通算44回目の出場だった。現在ヘッドコーチを務め、サックス奏者としても活躍する上杉雄一先生も卒業生のひとりだ。
今回91人で出場した関東学院だが、驚くことにそのうちの約半数が中学生で、中1も多く参加していたという(関東学院中学校高等学校は6年間一貫教育)。
上杉先生はこう語る。
「遠くから見るとそんなに中学生が多いとはわからないと思いますが、非常に難度の高いショーによく挑んでくれていると思います。大編成では、ここまで中学生が多いバンドはほかにないのではないでしょうか。関東学院の特徴としては、練習時間の短さがあります。『日本一練習時間が短いマーチングバンド』だと僕は思っていますが、平日は2時間、週1日は休み。隔週で週2日休み。土曜日だけ4時間の練習をしています。試験期間中も休みになります。もちろん、技術の習得には時間がかかりますし、マーチングは動きもありますので、決して楽ではありませんが、なんとか工夫して頑張っています」
今回のショーは会議室などにあるようなキャスター付きデスクを大道具として活用し、奏者が上で演奏したり、カラーガードが演技をしたりと立体感のある構成。テーマ「RISE UP!」を象徴する矢印を人文字などで効果的に表現し、会場を沸かせた。
部長で、メロフォンを担当する3年生の蘇武遼大さんはやはり中学生の多いバンドゆえの苦労を語ってくれた。
「目標は全国大会でのグランプリだったのですが、練習では温度差がある部員一人一人をまとめていくのがとても大変でした。また、半数が中学生なので、高等学校の部のレベルになかなか達しない部分も多く、育成にはとても苦労しました」
そんな蘇武さんたちの様子を上杉先生も暖かく見守っていた。
「蘇武がリーダーとして大きく成長してくれて、高3が彼を中心に部をもり立ててくれました。技術的にも意欲的にも差がある中で、上級生たちが後輩たちの成長を待ちながら、ときには一緒に並んで引っ張り上げ、同時に自分自身も高めていく、という難しい役割を引き受けてくれました」
スーパーバンドばかりが集まった大編成の部で、関東学院は銀賞を獲得。蘇武さんたちの苦労は報われた。
「ひとつのショーを部員全員で協力して完璧に近づけていくことは、つらさもありますが、とても楽しいことでした。個人的には全国大会の出来もよかったと思いますし、部員たちから『楽しかった』という声も多く聞かれ、部長としてとても嬉しかったです」
マーチングバンド全国大会で高校生たちが繰り広げた色とりどりのショー。各校が苦労を乗り越え、聖地で本番を披露する喜びが音や動きの躍動につながって、観客の心を震わせた。さいたまスーパーアリーナには喝采や歓声が何度も響いた。
今回の取材で印象に残っているのは、千葉敬愛の小早稲先生のこんな言葉だった。
「マーチングをやると、生徒たちはいきいきするんです。練習は絶対苦しいはずなのに、みんなすごく明るい。体を動かすことで気持ちが外に向きますし、できているかどうかがはっきり確認できますし、うまくいったときの喜びも仲間と共有できる。何より一人もおまけはいない、全員が大事だ、というところがマーチングの良さです。『君がいなくなったら、君の代わりはいないんだよ』というところが、生徒たちのやりがいや喜びにつながっていると思います」
見る者に興奮や感動を与え、出演者も喜びや充実感を得られるマーチングの魅力を改めて強く印象づけられた。
今後も多くの高校生(もちろん、小学生から大人までも)がマーチングを楽しみ、その素晴らしさがより広く知られるものになることを願っている。
『空とラッパと小倉トースト』
オザワ部長 著
学研プラス 音楽事業室 ¥1694
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