2023年秋 高坂はる香のワルシャワ日記1
2018年に第1回が開催されたショパン国際ピリオド楽器コンクール。このコンクールのスタートによって、古楽器への注目度が再び上がり、ロマン派の時代まで広げて、作曲家が生きた時代の鍵盤楽器はどんなものだったか、知る意義がますます認識されるようになったといえるでしょう。2023年10月5日〜15日、その第2回のコンクールが開催され、現在、第1ステージまでが終わったところです。これから始まる第2ステージを前に、改めてこのコンクールの概要と第2ステージの聴きどころをご紹介したいと思います。
ピリオド楽器コンクールは、歴史あるショパン国際ピアノコンクールの主催者でもあるポーランド国立ショパン研究所(Narodowy Instytut Fryderyka Chopina = NIFC)が、ショパン博物館再オープンに向けて、2003年からショパンの時代の楽器の収集を始めたことに端を発します。同時にショパン研究所は、ショパンの手稿譜の収集も進めていきました。そしてこれらを利用して「現代の楽器による演奏の中で失われてきたショパン音楽の特性を再発見し、ショパンが作曲していた楽器で弾くからこそ見える本当の魅力を浮き彫りにすること」を目的に、Real Chopinプロジェクトを推進。ショパンの時代の楽器やそのレプリカを用い、ピリオド楽器奏者だけでなくモダンピアノの名手も含め、さまざまなピアニストによるコンサートや録音を行ってきました。
そんな折、“ショパンの本来の響きを世界に伝えていくためには、より多くの人の関心を集めなくては……そのために有効なのは、やはりコンクールだ!”というわけで、このピリオド楽器コンクールがスタートしたということです。
第1回では、トマシュ・リッテルさんが優勝、第2位には、先にインタビューで登場してくださった日本の川口成彦さんが入賞しています。このお二人はいずれもピリオド楽器を専門に学んでいる演奏家です。一方で全コンテスタントを見渡すと、普段はモダンピアノを勉強している方も多く見られます。
さらには審査員のほうもピリオド楽器の専門家は一部で、モダンピアノの演奏家も名を連ねました。そのため、それぞれに評価の基準に違いがあったという指摘もあり、「これはピリオド楽器コンクールなのか、それともショパンコンクールなのか」という問いも浮上しました。
とはいえ川口さんもおっしゃっていましたが、「そんな微妙な評価の振れ幅を超越するような、圧倒的に魅力的な演奏をすれば、どちらからも評価されるだろう」という見解もあります。モダンピアノのコンクールの際にも出た、「優れたピアニストだが、ショパニストではない」問題——結局、そこに圧倒的に人を惹きつける何かがあれば、いわゆるショパンらしい演奏でなくても優勝することができる、という話——と重なるものを感じます。
言葉で言われればそうなのだろうと思うけれど、実際のところはどうなのか。今回はどんなピアニストが登場し、どんなタイプが評価されるのか、興味深いところです。
そもそも、ピリオド楽器の演奏に求められるものは何か、モダンピアノとどんなところが違うのかというお話は、川口さんのインタビューをご覧いただくとして、ここでは今回のコンクールについてざっとおさらいします。
第2回コンクールには、14ヵ国から35名が出場。ピアノは、ショパン研究所が所蔵する21台の中から、審査員が、プレイエル、エラール、ブロードウッドというイギリス式の楽器、グラーフやブッフホルツというウィーン式の楽器を含む、下記の6台のピアノを選択。コンテスタントは各ステージ自分の演目に合わせて、この中から楽器を選んで演奏します。
Pleyel (1842, collection of Edwin Beunk)
Pleyel (copy of the instrument from 1830, collection of Paul Mc’Nulty)
Erard (1838, collection of Edwin Beunk)
Broadwood (1846, collection of Andrzej Włodarczyk)
Graf (1835, collection of Chris Maene)
Buchholtz (copy of the instrument from 1825, collection of NIFC)
写真提供:The Fryderyk Chopin Institute
第1ステージでは、ショパンに加え、J.S.バッハ、モーツァルト、そしてポーランド作曲家のポロネーズが課題。しかもウィーン式を含む2種類以上の楽器を選ぶことが必須となっているので、作曲年代や楽曲のタイプに合わせて楽器を選択する感性、タッチの使い分けの能力も試されることになりました。曲と曲の間にコンテスタントがピアノの間を移動するという、モダンピアノのコンクールではない光景も見られました。
そして3日間にわたる第1ステージが終わり、第2ステージ進出が決まったのは下記の15名。(日曜日夜の飛行機に乗り、月曜朝のワルシャワについて、この結果を知ったところです)
出場者数最多だった日本のコンテスタント10名からは、唯一、みずみずしい演奏を披露した鎌田紗綾さんが第2ステージに進出です!
◎第2ステージ進出者
Alice Baccalini, Italy
Joanna Goranko, Poland
Eric Guo, Kanada Canada
Saya Kamada, Japan
Hyunji Kim, South Korea
Mariia Kurtynina, Russia
Nicolas Margarit, Australia/Spain
Martin Nöbauer, Austria
Piotr Pawlak, Poland
Kamila Sacharzewska, Poland
Jannik Truong, Germany
Ludovica Vincenti, Italy
Derek Wang, USA
Angie Zhang, USA
Yonghuan Zhong, China
モダンピアノのショパンコンクール参加組のお名前も、ちらほら見られます。日本のコンテスタントには、他にも、情感豊かで研ぎ澄まされた演奏、古楽器ならではの深く成熟した演奏を聴かせてくれた方もいらしたので、とても残念です。コンクールはわかりません。
*****
10月10、11日に行われる第2ステージからは、オール・ショパンで、マズルカ、ワルツ、そしてソナタが課題です。
フリデリク・ショパン:
★以下の作品からマズルカをフルセットで演奏すること。
作品17, 24, 30, 33, 41, 50, 56, 59
マズルカは、作品番号順に演奏しなければならない。作品33と41の場合、以下の順序が適用される。
作品33:第1番 嬰ト短調、第2番 ハ長調、第3番 ニ長調、第4番 ロ短調
作品41:第1番 ホ短調、第2番 ロ長調、第3番 変イ長調、第4番 嬰ハ短調
★以下のワルツから1曲を演奏すること。
ワルツ 変ホ長調 作品18、ワルツ 変イ長調 作品34、ワルツ 変イ長調 作品42のいずれか1曲
★ソナタ第1番 ハ短調 作品4、またはソナタ第2番 変ロ短調 作品35、またはソナタ第3番 ロ短調 作品58
ソナタ第3番 ロ短調の第1楽章提示部の繰り返しは省略すること。
ソナタ第2番 変ロ短調第1楽章の繰り返しは任意。
曲順は自由(マズルカを除く)
ショパンがワルシャワ音楽院在学中の若き日に書いた第1番のピアノソナタも選べるのが、モダンピアノのコンクールと違うところ(モダンのほうでも、以前課題の選択肢に入ったことがありましたが、選んでいる人はほとんどいませんでした)。ショパンのマズルカやワルツは、ショパンがあの頃サロンで弾いていた、またはリストなど友人の演奏で聴いていたであろう音色や雰囲気と即興性をどれだけ思い起こさせてくれるかも聴きどころとなるでしょう。
それぞれのピアニストのショパンに関する知識とテクニック、そしてセンスが存分にあらわれるステージ。川口さんがインタビューでおっしゃっていたように、手漉き和紙の毛羽立ち(=古楽器の音の細やかな質感)に触れる感覚で、またカレーと玄米(=作品とピアノ)のマッチングを味わう感覚で、じっくり耳を傾けましょう。
♪ 高坂はる香 Haruka Kosaka ♪
大学院でインドのスラムの自立支援プロジェクトを研究。その後、2005年からピアノ専門誌の編集者として国内外でピアニストの取材を行なう。2011年よりフリーランスで活動。雑誌やCDブックレット、コンクール公式サイトやWeb媒体で記事を執筆。また、ポーランド、ロシア、アメリカなどで国際ピアノコンクールの現地取材を行い、ウェブサイトなどで現地レポートを配信している。
現在も定期的にインドを訪れ、西洋クラシック音楽とインドを結びつけたプロジェクトを計画中。
著書に「キンノヒマワリ ピアニスト中村紘子の記憶」(集英社刊)。
HP「ピアノの惑星ジャーナル」http://www.piano-planet.com/