ルービンシュタイン・コンクール ファイナルを振り返る

2023 高坂はる香のピアノコンクール追っかけ日記 from テルアビブ 8

text:高坂はる香

 ルービンシュタイン・コンクールは、2週間半にわたる全ての演奏が終わり、審査結果が発表されました。

1st Prize ケヴィン・チェン Kevin Chen(カナダ)
2nd Prize ギオルギ・ギガシヴィリ Giorgi Gigashvili(ジョージア)
3rd Prize 黒木雪音Yukine Kuroki(日本)

Classical Concerto Prize 黒木雪音
Chamber Music Prize ギオルギ・ギガシヴィリ
Audience Favorite Prize ギオルギ・ギガシヴィリ
Finalist Prize エリア・チェチーノ Elia Cecino(イタリア)
パク・チェヨン Chaeyoung Park(韓国)
アルベルト・フェロ Alberto Ferro(イタリア)
※主な賞のみ記載

 優勝したケヴィン・チェンさんは、近年重要なコンクールでの優勝が続く18歳。個人的には、リスト・コンクール優勝のティーンエイジャーという前評判で聴いた昨年秋のジュネーヴ・コンクールで優勝、さらににここで優勝しているので、“優勝しかしない子”というイメージになりました。

Kevin Chen

 これから入賞者や審査員の言葉もご紹介しますが、まずはファイナルの後半戦となった二つのコンチェルトのステージを、印象的だった場面を中心に振り返ってみたいと思います。

 古典派コンチェルトは、ベートーヴェンの1、2番もしくは指定のモーツァルトから選曲する形でした。共演は、アヴネル・ビロン指揮のイスラエル・カメラータ。このステージでは、ベートーヴェンから選んだ人が3名、モーツァルトから選んだ人が3名と半々となりました。

 モーツァルト組で対照的だったのが、ゲオルギ・ギガシヴィリさんとケヴィン・チェンさん。20番という短調の協奏曲を選択したギガシヴィリさん、序盤が予想外にもあっさりめに始まったかと思ったところ、結局途中からは、オーケストラと対等かそれ以上に持ち前のたっぷりとした音を鳴らしはじめます。終楽章はソロで歌えるところはたっぷりと歌う、いつもの自由なギガシヴィリさんでした。

Giorgi Gigashvili ©︎Yoel Levy

 27番を選んだケヴィン・チェンさんは、表情豊かなオーケストラの中で、終始落ち着いた演奏を貫きます。どこかフォルテピアノを思わせる音質、音量でモーツァルトの繊細な世界をつくっていきました。前のステージでの起伏の激しいショパンのエチュードのときとは、また違った一面を見せます。

 一方、黒木雪音さんはベートーヴェン組。演奏したのは第1番です。さまざまな表情をもつコロコロとした音を鳴らし、あたたかく落ちつき幸福感あふれる2楽章、黒木さんならではの楽しげな音楽がオーケストラをのせる3楽章と続いて、生きた演奏を聴かせてくれました。黒木さんはこの演奏で最終的に、古典派コンチェルトの賞を受賞しました!

Yukine Kuroki ©︎Yoel Levy

 それにしてもこのラウンドでは改めて、コンクールでモーツァルトの協奏曲を弾くことの難しさを感じました。どんなに弾けるピアニストでも、緊張して固くなったときに一番アラが出てしまうのがモーツァルト。感情を込めすぎるとロマン派的になって、これでいいのか?と思わせてしまうのがモーツァルト(でも、こういう演奏は聴いているぶんには楽しいし、間違っているとも言えないのかも)。すべての音をきれいに鳴らし切ろうとして安全運転をすると、フラットになってしまうのがモーツァルト(でも、これもこれで美しいのです)。
 逆にモーツァルトで余裕をもってオーケストラを聴き、掛け合いをし、生き生きと楽しい演奏をすることがどれほどすごいか! 改めて思いました。

 そして、このコンクール期間中初めての空き日を置いて、ファイナルも大詰め、グランド・コンチェルトのステージです。共演はヨエル・レヴィ指揮、イスラエル・フィル。ここでは、いくつか選曲のかぶりがありました(幸い日にちは別でした)。

 エリア・チェチーノさんとケヴィン・チェンさんは、ともにチャイコフスキーの1番を選択。自分の音楽に集中しようという気持ち、この広いホールでピアノをしっかり鳴らそうという気持ちが感じられたチェチーノさんは、初日に演奏。
そして翌日、ケヴィン・チェンさんは、安定したテクニックと初々しさを併せ持つ演奏を披露。全体的に落ち着いていて、爆走するパートから静のパートへの切り替えも鮮やかに、自分のペースで演奏していきました。年齢は関係ないのかもしれないけれど、やはり18歳でこれならすごい。いやむしろ、18歳だからこそ、こうでいられるのかもしれない。

Elia Cecino

 ゲオルギ・ギガシヴィリさんとパク・チェヨンさんは、プロコフィエフの3番を選びました。ギガシヴィリさんのプロコフィエフはおもしろいことになるだろうと予想はしていましたが、予想を上回るすごい勢いで音楽が展開していきます。フォルティッシモはとにかく強いけれど、ピアニッシモもしっかり弱い。自分だけの間合いとアクセントで弾き進め、しかしそれでいてオーケストラも聴いているし、しっかり巻き込んでいる。この曲がとにかく好きなのだという感情が、聴衆にも共演者にも伝わるということは、すごく大事なのだと感じました。

 パクさんは、作品の世界観を大切に音楽を組み立てていきます。ナチュラルな起伏で音楽を奏でながら、白昼夢を見ているような静かで少しクレイジーな場面も含みつつ、さまざまな映像を見せるような音楽を展開していきます。音もクリアだし、ステージマナーもとても慣れていて、大人の演奏です。
 ギガシヴィリさんのオーケストラの中での存在があまりに強烈だったので、パクさんはせっかく洗練された演奏をしているのに、どうしても比べられてしまうのかもしれない…と思わずにいられませんでした。

Chaeyoung Park ©︎Yoel Levy

 その他の二人は選曲にかぶりがなく、比較対象もない中での演奏です。黒木雪音さんは、大好きだというリストのピアノ協奏曲第1番。この大きなホールでも存分にみずみずしさのわかる音を鳴らしながら、めいっぱい歌い、感情を解き放っていきます。もともと長くない協奏曲ではありますが、本当にあっという間に最終パートに入り、あぁ、もう終わってしまう、楽しいのに!という気持ちにさせられました。選曲も彼女にとても合っていたように思います。

 最後の奏者となったアルベルト・フェロさんは、バルトークの2番を選択。リハーサルを聴いていたスタッフの子が、オーケストラがこのバルトークに慣れていないからちょっと大変そうだ…練習時間が足りるだろうか…と話していたので少し心配していましたが、そこはさすがイスラエル・フィル、本番にはしっかりこの複雑なコンチェルトで力を発揮します。リサイタルでもベートーヴェンのコンチェルトでも、ずっとクリーンで端正な音楽を貫いてきたフェロさん。このバルトークでもその持ち味は変わらず、きっちり音楽を組み立て、集中力とともにバルトークの世界をホールに映し出していきます。懸命に頑張ったと思われるオーケストラとピアニストの一体感もあり、安心して、同時にワクワクしながら聴いていられる演奏でした。結果的にはこのレア選曲がプラスに働いたかもしれない、と思いました。

Alberto Ferro

 その後発表された最終的な結果は、前述の通りです。ファイナルのみ聴いたゲストや関係者の感想を聞くと、正直意外な結果だったという方が多いように思います。おそらく、1次予選からのトータルの印象で出した結果なのだろうね、と。

 確かにそうなのかもしれません。話し合いや再投票などはなく、結果が決まったとのことです。すべてをトータルに考え、さらにさまざまな趣味嗜好のある審査員が集まって投票をした結果、この順位となったのでしょう。いずれにしても、上位入賞した3人については想像の範囲内だという意見がほとんどでした。それぞれが全く違う個性…ある意味、別方向の魅力を持った3人のピアニストが、今回のメダリストとなりました。

高坂はる香 Haruka Kosaka
大学院でインドのスラムの自立支援プロジェクトを研究。その後、2005年からピアノ専門誌の編集者として国内外でピアニストの取材を行なう。2011年よりフリーランスで活動。雑誌やCDブックレット、コンクール公式サイトやWeb媒体で記事を執筆。また、ポーランド、ロシア、アメリカなどで国際ピアノコンクールの現地取材を行い、ウェブサイトなどで現地レポートを配信している。
現在も定期的にインドを訪れ、西洋クラシック音楽とインドを結びつけたプロジェクトを計画中。
著書に「キンノヒマワリ ピアニスト中村紘子の記憶」(集英社刊)。
HP「ピアノの惑星ジャーナル」http://www.piano-planet.com/