日本歌曲と《アンドレア・シェニエ》、二度おいしい充実の一夜
いま脂が乗り切った日本を代表するテノール、村上敏明。その魅力を2方向から味わい尽くせるリサイタルだ。
第1部では、彼の日本歌曲を聴けるのがうれしい。村上が歌う日本の歌は言葉がじつに明瞭だが、それは歌心を大切にしているからにほかならない。日本語では子音と母音の組み合わせが五十音に整理され、1つの音に1拍が充てられる。最近の流行歌はこの拍の原則を無視しがちだが、日本の叙情歌や愛唱歌は、「この道はいつか来た道」という歌詞なら12拍で歌ってこそ、言葉が生命を得て聴き手の心に染み入る。そのように歌って詩情を表現できる歌手が村上である。
それが第2部はガラリと変わり、ジョルダーノのオペラ《アンドレア・シェニエ》をハイライトで楽しめる。フランス革命後の混乱のなか処刑される情熱の詩人シェニエは、音圧の高い声でドラマティックに歌われる役。円熟する一方で柔軟性が失われ、高音が苦しくなるテノールが多いなか、村上にかぎっては表現のフレキシビリティが損なわれず、輝かしいハイCは力強さを増している。シェニエはいまの村上のような声でこそ聴きたい役なのだ。
しかも、マッダレーナ役は日本を代表するドラマティック・ソプラノで、劇的表現と気品を兼ね備える田崎尚美、ジェラール役は日本を代表するバリトンで、この役の第一人者の須藤慎吾。松田祐輔のピアノに支えられ、抒情的なアリアも情熱的な重唱もどれだけ輝くことだろうか。濃い一夜である。
文:香原斗志
(ぶらあぼ2023年2月号より)
2023.2/1(水)19:00 すみだトリフォニーホール(小)
問:K国際コンクール03-6661-1733
http://k-concours.org