創立50周年!躍進めざましい 山形交響楽団 現地レポート 第2弾!
村川千秋(創立名誉指揮者)&阪哲朗(常任指揮者)インタビュー

取材・文:林昌英

(c)Kazuhiko Suzuki

 いま山形交響楽団がおもしろい。2019年に阪哲朗が常任指揮者に就任して以来、音楽の喜びを具現化したような阪の指揮ぶりと、山響がこれまで培ってきた音色が絶妙な融合をみせて、日本中のどの楽団とも違う演奏が実現し始めている。

 もちろん、19年まで飯森範親が音楽監督を務めた期間にも、演奏水準の向上と興味深いプログラミングを実現して、山形のみならず全国の音楽ファンの注目を集めていた。そうやって飯森が積み重ねてきたものが土台となり、阪のもとでさらなる段階に入っているのを実感できるのである。

 山形市の町をあげたバックアップも特筆すべきもの。山形駅から市街地を歩くと、町のあちこちで山響の写真などが見つかるはずだ。特に山形市役所のウインドウには山形交響楽団のコーナーがあり、楽員全員の写真が一人ずつ掲示されていることに驚かされる。集客もいまや9割近い動員を実現しているとのことで、名実ともに山響ほど「地元に愛されるオーケストラ」を体現している楽団もそう多くはないだろう。

 そんな山響のオリジナリティをよく示す「特別演奏会」が年明けの23年1月と2月に開催される。1月は阪がチェンバロを弾くヴィヴァルディ「四季」(ヴァイオリン:辻彩奈)と創立名誉指揮者の村川千秋によるシベリウスという、意義深くもユニークなコンサート。2月は阪と山響の「演奏会形式オペラシリーズ」の第1回として、プッチーニのオペラ《ラ・ボエーム》が披露される。それぞれのコンサートについて、村川と阪に語ってもらった。
(ぶらあぼ2023年1月号より)

村川千秋(創立名誉指揮者)

「山形にオーケストラを!」
山響の原点を創ったマエストロのシベリウス

 山響が創立されたのは1972年。創立名誉指揮者・村川千秋の尽力によるものだった。そこから半世紀を迎えた山響に、90歳の卒寿を迎える村川が登壇する。

 村川は山形で生まれ育ち、東京藝術大学、インディアナ大学大学院で学び、その後山形に拠点を戻した。半世紀前に東北初のプロ楽団として山響を創立し、それを維持したこと。かなりの困難もあったはずで、その偉業は称賛され続けるだろう。

「終戦後にやっと音楽らしい音楽に触れられて、高校のときに初めて本格的なオーケストラを聴いて本当に感激しました。指揮者になろうと決意して藝大に入りましたが、東京のレベルの高さは衝撃的で、同学年の岩城宏之君、山本直純君とか、もう全然違う。ヨーロッパには田舎にもオケがあるのに、日本は東京にしかないことも格差につながっていると感じ、山形にオケを作ろうと使命感をもちました。日本中に芸術音楽というものを定着させるという夢に、この50年で少しは近づけていればと思います」

 その夢のために、県内各地の学校で演奏する「スクールコンサート」を始めたことは特筆される。「こどもたちに音楽を届けたい」という理念で、現在までなんと延べ300万人のこどもたちが山響の演奏を体験してきたのである。そこには教育への強い問題意識があった。

「日本では音楽の勉強といっても、教えるのは作曲家の顔ばかりで、音楽自体は聴けていない。音楽そのものをできるだけ早く体験してもらいたい。高校生はせっかく体験して吸収しても、受験や仕事に入ると芸術から離れてしまう。では中学生、いや小学生とやってきて、いまは赤ちゃんに聴かせる活動をしています。とにかく、子どもに体験させ続けて好きな人を育てていけば、どんな地方でもオケが成り立つ可能性があります。ぜひ山響がやってきたことを他県でもやってもらいたい。音楽の図書館にあたるものはレコードではなく、やはり人間がやる生の音楽なんです」

 村川自身の卒寿を祝う公演のために選んだ作品は、演奏機会の多くないシベリウスの交響曲第3番。

「日本にフィンランド音楽を紹介した渡邉暁雄先生に藝大で教わり、シベリウスに深く触れていくうちに、東北という北国に住む私たちにとってわかりやすい音楽なのではと考え始めました。その思いで山響ではシベリウスを7年かけて1曲ずつ紹介してきました。

 シベリウスのシンフォニーは7曲すべて名曲です。そのうち3番は独特で、風景や歴史とかとあまり関係なくて、音階と和音だけでできている。モーツァルトと同じような意味で、シンプルな素材を組み合わせるだけであれだけ素晴らしい音楽ができあがる。音だけの音楽とでもいうべきか、とにかく個性的です。この貴重な機会に一番好きな曲をやらせていただくことにしました」

 山形に来てみると、その空気感が第3番のイメージに合うと肌で感じられる。これを山響創立者として記念の回のメッセージに選んだマエストロの深き思い、しっかり受けとめたい。

やまぎん県民ホールシリーズVol.4
90歳を迎える巨匠 “村川千秋のシベリウス”

2023.1/15(日)15:00 やまぎん県民ホール
問:山響チケットサービス023-616-6607
https://www.yamakyo.or.jp

阪 哲朗(常任指揮者)

「楽員と共につくりあげていく」
長きにわたるドイツでの経験を、山形の地に注ぎ込む

(c)Kazuhiko Suzuki

 1月公演の前半は、辻彩奈のヴァイオリン・ソロでヴィヴァルディ「四季」。辻は最近のアルゲリッチとの共演でも劣らぬ存在感をみせるなど、いま絶好調の俊才。彼女の「四季」というだけでも聴きものだが、阪が指揮ではなく「チェンバロ」とだけクレジットされているのも逆に注目を集める。

 辻は山響にすでに2回出演し、共演した阪も「辻さんは初共演の最初のフレーズからもうすばらしかった。指揮者は要らないくらいに自然な音楽」と惚れ込んでいる。同時に「山響のサイズであれば、アンサンブルに強くなければ存在感が出ません」とも語り、ヴィヴァルディは山響にとっても恰好の演目であるという。「指揮者が言うことをきかせるのではなく、楽員とディスカッションしながら共に作りあげていく」という彼らの成果が示される場にもなりそうだ。

 2月は演奏会形式のプッチーニのオペラ《ラ・ボエーム》。「山形をオペラ文化都市に」という「やまがたオペラフェスティバル」公演のひとつ(1月には二期会《フィガロの結婚》が阪と山響の演奏で上演される)。両親が山形出身である阪の意気込みは熱い。

「山形発信のオペラはライフワーク。合唱はもともと盛んな地域ですし、オペラも根付かせていきたい。普段オペラに接する機会がない方も、構える必要はありません。オペラは物語なので演劇やミュージカルに近いし、観ながら笑ったっていいんです。

 今回はすばらしい歌手陣がそろいましたし、合唱も入れられます。実は22年3月に《ボエーム》抜粋を久慈市で上演したのですが、そのときは合唱の出るシーンをすべてカットせざるを得ませんでした。やっと《ボエーム》“全曲”ができます! 合唱はオール山形で、児童合唱も地元の高校生たちで。観るだけじゃなくて“出演したよ!”という人が少しずつ増えていけば、ホールに通う人も増えていくでしょう」

 オペラシリーズの初回に《ラ・ボエーム》を選んだ理由を問うと「好きなんですよ!」と笑う。さらに、コーミッシェ・オーパー専属指揮者やレーゲンスブルク歌劇場音楽総監督時代など、節目で何度も関わってきた演目でもあるという。

「コーミッシェ・オーパー採用試験がこの演目だったし、なにか問題があって演目が変わるときは座付きの歌手でまかなえる《ボエーム》になる。ウィーンで初めて勉強した演目も、日本で1996年に初めて振ったオペラも《ボエーム》です。これまでかなりの回数振ってきましたが、やっぱりいいオペラです。お金がなくても画家や詩人、音楽家、哲学者になりたいという夢だけはあって、みんな未完の状態。大人だったらこうすればいいとわかることも、若さゆえにわからない、思いつかないということに共感できるし、“青春ってこうだった”と感動できる。お腹はすいていても夢を語らせたら一晩中とか、若いからできたこと、できなかったことがある、そういう魅力が伝わればうれしいです」

 山響の新たな挑戦であると同時に、阪の指揮でプッチーニを堪能できる待望のチャンス。全国の注目を集める公演となる。

やまぎん県民ホールシリーズVol.5
オペラ指揮者 阪哲朗が誘う“演奏会形式オペラシリーズ” Vol.1 《ラ・ボエーム》

2023.2/26(日)15:00 やまぎん県民ホール
問:山響チケットサービス023-616-6607

https://www.yamakyo.or.jp