文:林 昌英
輸血を必要としている人のためには日々の安定した献血が重要であるが、昨2020年の新型コロナウイルスによる混乱や制限の時期に、非常に不安定な状況に陥ったことは記憶に新しいだろう。その時期は外出の制限や感染拡大への恐れなどから献血が減少し、その重要性を再認識することとなった。現在は当時よりは献血に臨む人の数も増えてきているはずだが、血液は長期保存できないため、継続性こそが重要であることには変わりがない。
そういった献血に対する認識をより一層高めるために、1990年より定期的に開催されている「日本赤十字社 献血チャリティ・コンサート」。60回以上の開催を重ねてきた、由緒あるコンサート・シリーズである。公演の収益については、「どんな非常時においても、誰でも、いつでも、安全に、献血で治療を受けられる環境がより整うことを願い“献血運搬車の購入・整備等の血液事業への充当”に目的を限定して日本赤十字社に寄付」すると主催者が明記しており、透明性も確保されている。このイベントが30年余にわたって継続していることからも、大切な機会として認知されていることがわかるし、先述の通り、その意義はこれまで以上に増しているのである。
2022年1月8日、新春の土曜日の昼、サントリーホールで第65回となる本公演が開催される。第一線を走る演奏家たちが出演することでも知られるシリーズだが、今回もオーケストラコンサートとして期待のふくらむ内容だ。
公演の中心となる指揮者は広上淳一。長く京都市交響楽団の常任指揮者を務めてきたのをはじめ、各地の楽団に客演を重ねる名匠。体全体を使った表情豊かな指揮ぶりで、熱気と歌心にあふれる名演を作り上げている。どの楽団からも信頼が厚い上に、外国人指揮者の来日が叶わなかった時期には代役出演も多数引き受け、いま最も日本中で活躍する指揮者と言っても差し支えないだろう。
オーケストラは東京都交響楽団。東京を代表するばかりか、国内トップクラスの実力と人気を誇る名門楽団である。機能性の高さはもちろん、どんなシチュエーションでもそこに相応しい演奏を作り上げることのできるオーケストラだ。
そして、今回の公演は、ソリストとしてチェロの上野通明(みちあき)が登場することが大きな注目を集めている。2014年のヨハネス・ブラームス国際コンクールで10代にして優勝を果たし、早くから活躍する若き名手。さらに、2021年10月、ジュネーヴ国際音楽コンクールのチェロ部門で日本人初の優勝(併せて3つの特別賞も受賞)という快挙を成し遂げたばかり。しかも本公演は、優勝後に日本で初めて披露する協奏曲となるという。乗りに乗っている26歳の俊英の、瑞々しい音色と鮮烈な妙技を堪能できる嬉しい機会となる。
プログラムも、コンサートの王道というべき名作2曲が用意され、普段オーケストラを聴く機会の少ない方も、逆に熱心なリスナーも、十分に楽しめるはず。1曲目はドヴォルザークのチェロ協奏曲。次々に現れる名旋律を味わいながら、チェロという楽器の魅力と、オーケストラと一体になった美しさや盛り上がりを堪能できる、チェロ協奏曲というジャンルを代表する人気作である。いま旬を迎えている上野のチェロでこの作品を体験できるのは、まさしく待望の好機。彼の美音と技巧が存分に発揮される、最高の聴きものになるはずだ。
2曲目、演奏会のメインとなるのは、ベートーヴェンの交響曲第7番。「舞踏の神化」と称えられたほどにリズムとエネルギーの際立つシンフォニーで、この作曲家ならではの重厚さと緻密さも十分。何度聴いても心の踊る、傑作中の傑作だ。テレビ番組等で多用されている人気曲でもあり、初めて聴く人でも存分に楽しめるに違いない。さらに、今回の指揮者と管弦楽で本作を聴けるのも大きなポイントとなる。最近の広上は、じっくりと響きを構築しながら作品のもつ力を引き出し、会場を沸かせる好演を連続している。そして、都響はあらゆるタイプのベートーヴェンで名演を重ねていて、その安定感ある技量とそこに加わる爆発的な熱気は毎回高い評価を得ている。そんな彼らの作り上げるベートーヴェンとなれば期待は大きく、注目の対象となっている。
公演主催者のホームページには、「献血は、誰か見知らぬ人のたった一つしかない命の支えに、自分のための血液を分かち合う“命の贈り物”です」との言葉がある。この2年間、世界的な危機的状況を体験したことで、“人のために何かをする”ということを見つめ直す時間になった、という方もいることだろう。名曲と名演奏家によるコンサートが、何かの気付きのきっかけになるかもしれない。意義深さとコンサートの楽しさ、いずれをも備えた、大切なマチネー公演となる。
第65回 ⽇本⾚⼗字社 献⾎チャリティ・コンサート
New Year Concert 2022
2022.1/8(土)14:00 サントリーホール
〈出演〉
広上淳一(指揮)
上野通明(チェロ)*
東京都交響楽団(管弦楽)
〈曲目〉
ドヴォルザーク:チェロ協奏曲*
ベートーヴェン:交響曲第7番
問:公益財団法人ソニー音楽財団 03-3515-5261
https://www.smf.or.jp
【Profile】
上野通明(チェロ)Michiaki UENO, cello
パラグアイに生まれ、幼少期をスペイン・バルセロナで過ごす。
2009年、若い音楽家のためのチャイコフスキー国際音楽コンクールに13歳で日本人初の優勝。翌2010年、ルーマニア国際音楽コンクール最年少第1位・ルーマニア大使館賞・ルーマニアラジオ文化局賞を併せて受賞。2014年、ヨハネス・ブラームス国際コンクール優勝。2021年、ジュネーヴ国際音楽コンクールチェロ部門日本人初の優勝・併せて3つの特別賞受賞。
ソリストとして、ワルシャワ国立フィルハーモニー管、スイス・ロマンド管、ロシア響、ジリナ室内管、読売日響、新日本フィル、東京フィル、東響など、国内外のオーケストラと多数共演。また、ジャンギャン・ケラス、ダニエル・ゼペック、ホセ・ガジャルド、堤剛、諏訪内晶子、伊藤恵等、著名アーティストと共演し好評を博す。テレビ朝日「題名のない音楽会」、NHKBS「クラシック倶楽部」、NHKFM「リサイタル・ノヴァ」等に出演。
「ローム ミュージックファンデーション」「宗次エンジェル基金」「江副記念リクルート財団」奨学生、岩谷時子音楽文化振興財団より「Foundation for Youth」「岩谷時子賞」奨励賞。「京都青山音楽賞」新人賞受賞。
これまでに(故)馬場省一、イニアキ・エチェパレ、毛利伯郎各氏に、現在ピーター・ウィスペルウェイ、ゲーリー・ホフマン各氏に師事。更なる研鑽を積みながら、主にヨーロッパと日本で積極的な演奏活動を行っている。使用楽器は1758年製P. A. Testore (宗次コレクションより貸与)。