国立ショパン研究所アルトゥル・シュクレネル所長に独占インタビュー!

 ショパン国際ピアノコンクールを運営するポーランド国立ショパン研究所の所長で、コンクールの最高責任者でもあるアルトゥル・シュクレネル Artur Szklener さんに、開幕直前の超多忙な時期にぶらあぼの独占インタビューが実現! 世界的なパンデミックが収束しない中で、1年遅れの実施となった今回の第18回大会。開催に至るまでの苦労やコンクールの現状などについてお話をうかがいました。

9月30日にワルシャワ王宮で行われた記者会見でスピーチをするアルトゥル・シュクレネルさん
(c) W. Grzędziński / The Fryderyk Chopin Institute

取材・文:白柳龍一

第18回のショパン・コンクールは、新型コロナウィルスの影響で未曾有の1年延期という事態になりました。延期の決定から今年の実施に至るまで、たいへんなご苦労があったと思います。

 言うまでもなく、延期はたいへん難しい決断でした。何よりも、コンクール出場に向けて、とても長い間準備に励んできたコンテスタントたちに対して、最良のケアをすることが私たちの責任としてのしかかっていました。

 当初、開催が予定されていた2020年は、ほとんどのコンテスタントがコロナ禍の影響でポーランドに入国することができない状況でした。一方、1年間という、これほど大きなスケジュールの変更により、コンテスタントたちが、彼ら自身の生活サイクルを再構築しなければならない必要に迫られていました。

 コンクールを1年延期することはとても困難な決定でしたが、疑いなく正しい措置だったと思っています。私たちは審査員の方々や各省庁に向けたサポートも完璧に実施することができました。

今回、アジア圏のコンテスタントの数がこれまで以上に多くなっています。フランス、ドイツ、オーストリアなどからの参加者が1人もいないのは衝撃的ですが、このような状況をどう捉えていますか?

 私たちは、アジア圏からの参加者が多数いることをたいへん嬉しく思っています。他の国々からの参加者が少ないということに関しては、なかなか説明するのが難しいですね。今回のような事態は、パンデミックの影響で偶発的に起きたことだとも考えられます。欧州各国における感染状況も単一ではありません。

 一方、日本、中国、韓国といったアジアの常連参加国は安定しています。ショパンの音楽は、これらのアジア圏で素晴らしい文化をもった人々にとって特別な意味を持つものです。私たちはそれを誇らしく思っています。

左:アルトゥル・シュクレネル 右:P.グリンスキ副首相兼文化・国家遺産・スポーツ大臣
(c) W. Grzędziński / The Fryderyk Chopin Institute

ピリオド楽器コンクールも実施されるようになり、審査の基準、演奏に対する価値観が多様化してきています。そのような時代の流れの中で、本家のショパンコンクールにおいても、審査基準の変化を感じることはありますか?

 私の個人的な印象ですが、ショパン演奏への美学的なアプローチは、20世紀に比べて変化してきていると感じます。多くのピアニストたちが、繊細で瞑想的な音楽の方向を示し、それはピリオド楽器の演奏によって発見したことが影響しているのだと思います。

 前回のコンクールで第3位に入賞したケイト・リウは、シンガポールで生まれでアメリカで学びました。彼女のロマン派音楽への理解とアプローチは、ピリオド楽器のもつ美質と強く繋がっていることを想起させます。それが、世界中から熱意をもって迎えられているのです。

 しかし、一般的にコンクールの審査員は、ショパンの音楽に特有な「語彙」や「語法」をコンテスタントの演奏に見出します。審査員の方々はすべて偉大な音楽家であり、ショパン音楽の世界最高の理解者であり紹介者たちです。私たちは彼らに全幅の信頼を置いています。

ショパン研究所(NIFC)は、これまで歴史的な鍵盤楽器のコレクションやファクシミリ楽譜の出版、CDのリリースなどを行ってきました。現状と今後についてお話しいただけますか?

 ピリオド楽器の収集は、私たちの仕事の中で、とても重要な位置を占めています。私は誇りをもって言いたいのですが、この仕事は現在とても順調に進んでいます。

 また、ショパンの紹介にとどまらず、19世紀ポーランド音楽に対しての全く新しい視点からの活動がすでに始まっています。スタニスワフ・モニューシュコ Stanisław Moniuszko(1819-1972)は、しばしば「ポーランド・オペラの父」と呼ばれていますが、NIFCの自主レーベルは一昨年から継続して彼のオペラ作品をレコーディングし、リリースしつづけています。今年の9月には歌劇《伯爵夫人 Hrabina》をリリースしました。これは、ピリオド楽器による同曲の世界初録音となるもので、ファビオ・ビオンディとエウローパ・ガランテの素晴らしい演奏は、この作曲家の再発見を促すものだと思います。

NIFCはメディアの多角化についても積極的な改革を行っていますね。

はい、そのとおりです。私たちの仕事の中でとても重要なことは、特に若い聴衆をグローバルに獲得することにあります。その点で、YouTubeはとても助けになります。いま、皆さんは私たちのチャンネルで2015年からのコンクールをはじめ、多くのコンサートを見ることができます。言うまでもなく、今年のコンクールの様子は毎日ライブ配信されています。これは、日本をはじめ、世界中の音楽ファンの注目を集めていると思います。

演奏順抽選会の結果は、「M」からスタートに。
左:アルトゥル・シュクレネル 右:P.グリンスキ副首相兼文化・国家遺産・スポーツ大臣
(c) W. Grzędziński / The Fryderyk Chopin Institute

ショパンの全作品の中で、シュクレネルさんが最もお好きな曲を教えてください。

 これは、お答えするのがとても難しい質問です。ショパンのすべての作品は、どれも素晴らしいものです。特に「舟歌」や「バラード」「ポロネーズ」「幻想曲」など、彼の後期作品は傑出していると思いますが、同時に、「エチュード第7番 嬰ハ短調」 作品25-7のような初期の作品も珠玉の輝きを放っています。もし、わたしが孤島に行かなければならなくなったとしたら、迷うことなくショパンの全作品の楽譜を携えていくことでしょう。

ポーランドの子どもたちは学校の授業でショパンの音楽を学ぶのでしょうか?

 もちろんです。フリデリク・ショパンは私たちの文化の重要な一部分であり、それは世界遺産でもあります。現在、ショパンは学校ばかりでなく、ポーランドの文化的な人々の日常生活の中に重要な位置を占めています。特に、ショパン・コンクールの期間はそれが顕著になります。

ある民間の調査会社によると、2015年に開催した第17回ショパン・コンクールの時は、ポーランド国民のおよそ30%がコンクールに興味を示し、コンテスタントたちの演奏について議論したというリサーチ結果が報告されています。

ポーランドの中で、シュクレネルさんが一番好きな場所はどこですか? また、ぶらあぼONLINEの読者にお薦めの場所があったら教えてください。

 私は、生まれ故郷であるクラクフ Kraków を愛しています。この美しい古都は、ぜひ訪ねる価値がある場所だと思います。もちろん、日本の方々はクラクフとともに、ショパンの生まれ故郷であるジェラゾヴァ・ヴォラ Żelazowa Wola も訪ねるべきでしょう。そこには美しい公園と博物館があり、観光情報を日本語で読むこともできます。

クラクフの街並み (c) Gabriella Bortolussi

 ショパン・コンクールが行われるこの時期は気候も穏やかなので、ぜひ一度、ワルシャワやクラクフ、ジェラゾヴァ・ヴォラにおいでください。

今回はお忙しいところ取材に応じていただきありがとうございました。

 第18回ショパン・コンクールはまだ続いていますので、ぜひ、YouTubeなどでチェックしてみてください。また日本でみなさんにお会いするのを楽しみにしています。

The Fryderyk Chopin Institute
https://nifc.pl/en/