朝吹園子(バロック・ヴァイオリン/ヴィオラ)from バーゼル(スイス)
海の向こうの音楽家 vol.4

ぶらあぼONLINE新コーナー:海の向こうの音楽家
テレビなどで海外オケのコンサートを見ていると「あれ、このひと日本人かな?」と思うことがよくありますよね。国内ではあまり名前を知られていなくとも、海外を拠点に活動する音楽家はたくさんいます。勝手が違う異国の地で、生活に不自由を感じることもたくさんあるはず。でもすベては芸術のため。このコーナーでは、そんな海外で暮らし、活動に打ち込む芸術家のリアルをご紹介していきます。
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 第4回は、バーゼルを拠点にさまざまな古楽アンサンブルのメンバーとして活躍しているバロック・ヴァイオリン/ヴィオラの朝吹園子さん。ドイツ、フランスとの国境に位置するこの街は、音楽家も多く集まる文化都市で、特に古楽の世界では、朝吹さんも学んだバーゼル・スコラ・カントルム Schola Cantorum Basiliensis があることでも知られています。日頃の活動や近況についてレポートしていただきました。

文・写真提供:朝吹園子

 スイス北西部のバーゼル。12年前ここに来て、生活がガラっと一変しました。 “古い音楽”との関わりが、現在の演奏活動の中心となり、生活の基盤となったのです。15年前にモダン・ヴィオラでドイツに留学した当時の自分からは、全く想像できないくらいの大きな変化でした。でも、実は、それは切なる私の夢でもあったのです。

 “古い音楽”を演奏したい。それは例えばバッハ以前の、初期バロックや中期バロックと一般的に言われる時代、例えばイタリアで言えばモンテヴェルディ。この間弾いた作曲家では、ボローニャの重要人物ペルティ、ヴァイオリン曲で様々な試みをしたマリーニ、素晴らしい器楽曲を残したガブリエッリやロッシ、ストラデッラ等々。ドイツですとシュッツ、ブクステフーデ、オーストリアもまた大好きなヴァイオリン奏者兼作曲家がたくさんいますが、ビーバー、シュメルツァー、ベルターリ、ムファット等々・・・挙げるとキリがありません。とにかくこれらの音楽、響きへの憧れが強く、身体と魂がどうしても弾きたくてたまらず、その気持ちだけでスイスのバーゼルにやって来ました。

 バーゼルに来る前はモダンの世界でずっと勉強し、多くの経験もし、ヨーロッパに来たのも、さらにモダンの研鑽を積むためだったのです。それが今、バロック・ヴァイオリンを専門とし、今度はその世界に引き込まれ、ヴァイオリンもヴィオラもヒストリカルの楽器を扱い、“古い音楽”の演奏活動をし、生活の糧にもなっているとは、人生は本当にわからないものです。今こんなにやりたいことができて、音楽仲間に恵まれ、周りの環境もいい。時々ふと「自分はなんて幸せ者だろう」と感じます。もちろん大変なことも多々ありますが、でも、自分ではそれがまるで運命だったかのように、導かれたようにバーゼルに来たのだな、とも思います。

 バーゼルのみならず、ヨーロッパには昔から残る大きな教会が本当にたくさんあります。コンサートホールだけでなく、教会は私の音楽活動の主な場所でもあります。バーゼルに来たばかりの、まだ初期バロックなどのアプローチに慣れていない頃から、こうした壮大な造りの教会で “古い音楽“ を弾く機会に多く恵まれました。学生の時から自分を現場にしょっちゅう呼んでくれて、周りの先生や仕事仲間はもちろん、この空間も自分を大きく成長してくれたものの一つです。

コルネット(中央)、バロック・トロンボーン(右)とのアンサンブル

 例えばモンテヴェルディなどの曲を弾く場合は、コルネットやバロック・トロンボーン(サクバット)と一緒に演奏することが多いのですが、それはとにかく歌と共にあるということを意味します。器楽の役割は、歌との対話、歌のサポートであり、教会内の神聖な空間で壮大な響きをいっぱいに響かせます。それは自分の部屋で練習している時やリハーサルの小さな会場とはまったく違う、遥かに想像を超えた響きなのです。そうした響きの世界をすぐに体験できたのは、本当に幸運なことでした。

 しかし、演奏の現場では、ただ響きが多く気持ちが良いというだけではありません。実際、とても悪戦苦闘します。大聖堂のような場所は本当に残響が長く、音の響かせ方や切り方、他の弦楽器や管楽器との合わせ方やバランスなどが非常に難しいのです。それも現地に行って初めてわかるので、その都度、仲間と交代で聴き合い何度も試し、フレキシブルに対応します。空間によってはテンポを変えなければならないこともザラにあります。

 コルネットやバロック・トロンボーンもそうですが、ヴァイオリンは、バロック時代には声楽のいずれかのパートと一緒に歌う(弾く)ように書かれているケースが多く、前述のように、歌と対話をする役割をもって書かれていました。声楽と同じように楽器も歌う(弾く)ことが何より大事で、歌詞のニュアンスを汲み取り、同じ息遣いがいかに出来るか、ということがとにかく大切なのです。それはさまざまな音楽を弾いていく中で、身に染みて理解しました。

師匠で、スイスを代表するバロック・ヴァイオリニスト、キアラ・バンキーニと

 また、これは少し別の話題ですが、楽器のパートにその場で歌詞を考え、いきなり即興で歌詞を付けて歌って、「こういう風にやろう」なんて言う演奏家を今までに何人も見てきました。「あ、これだな!この感じ!」と、言葉と音楽は切っても切り離せないのだと妙に納得させられ、感心する場面に何度も遭遇しました。

 ヨーロッパに住んでいると、とにかくみんな色々な言語を喋ります。イタリア語、ドイツ語、フランス語、スペイン語、英語・・・そして古楽では必然的にラテン語も大事になってきます。ヨーロッパ出身の音楽家は、もちろんみんな完璧というわけではないですが、本当に色々な言語を知っていますし、すぐ使い分けします。イタリア人がバロック・オペラのイタリア語で冗談を言うと、ヨーロッパの人はほぼ全員すぐ理解しますが、自分だけがわからずに、何度も悔しい思いをしました。言語は永遠に私の課題、ヨーロッパ生活のテーマはとにかく言語です。

 今は夏休みシーズンが始まり、各地でたくさん音楽祭が開かれています。去年はかなり中止になってしまい大打撃を受けましたが、今年はその分を取り戻すかのように、盛り上がりを見せています。フランスのサントのフェスティバルは今年50回目を迎え、オランダの歴史あるユトレヒト音楽祭、そしてドイツのアンスバッハでのバッハ・フェスティバル等々。そこに私の所属するアンサンブルが招待され、演奏することになっています。そして8月末にはイタリアで、モンテヴェルディのCD録音も控えています。また、秋からはバーゼル劇場でのモンテヴェルディのオペラ公演も予定されています。

サント音楽祭 Festival de Saintes の会場となったLa Cathédrale Saint-Pierre de Saintes

 スイスはワクチン接種率がヨーロッパの中でも高く、演奏活動は5月から再開。観客の上限はあるものの、かなり活発に活動できています。しかしコロナ禍はまだまだどうなるかわからない状況なので、不安は常にあります。早く収束し、元に戻ることを心より願ってやみません。

 そして、この大好きな “古い音楽”をさらに発掘し、日本でももっと紹介し、精力的に弾いていけたらと思っています。自分を鍛え、育ててくれたこのバーゼルの環境に感謝し、今度は自分から、“歌と共にあるヴァイオリン”をさらに深めて、発信していきたいと思います。

朝吹園子(バロック・ヴァイオリン/ヴィオラ)

 東京都出身。東京藝術大学・大学院修士課程修了。同声会賞受賞。明治安田生命より奨学金を得て、文化庁在外派遣研修員としてフライブルク音楽大学(ヴィオラ科)、バーゼル・スコラ・カントルム(バロック・ヴァイオリン科)で学び、 両大学とも最優秀の成績で卒業。これまでに岡山潔、豊嶋泰嗣、岡田伸夫、ウォルフラム・クリスト、キアラ・バンキーニ、レイラ・シャイェック、アマンディーヌ・ベイエの各氏に師事。日本国内のコンクールにて優勝(第9回コンセール・マロニエ、第18回ヴェガコンクール)。2011年デンハーグピアノ五重奏団のメンバーとしてオランダ、ファン・ワセナール国際古楽コンクールにて優勝。La Cetra Barockorchester、Bach Stiftung、Capricornus Consort Basel、Collegium 1704、Gli Angeli、バッハ・コレギウム・ ジャパンなどのメンバーとして数多くのCD録音やラジオ放送、音楽祭に招待されるなど、活発に演奏活動をしている。2014年、美智子上皇陛下の御前演奏を行う。2020年初のソロアルバム『G. B. ヴィヴィアーニ :教会と室内のためのカプリッチョ・アルモニコ』(OMF)をリリースし、『レコード芸術』誌特選盤。スイス・バーゼル在住。