オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)とのベートーヴェン全交響曲演奏会
いよいよ明日7月10日からOEKと芸術監督マルク・ミンコフスキによるベートーヴェン全交響曲演奏会が始まる。本来は、記念イヤーの2020年にスタートするはずが、コロナウイルスの感染拡大により来日が叶わず、延期を余儀なくされてきた。ミンコフスキは今年3月、来日ができなくなった時のビデオメッセージで「7月から全曲演奏に取り組みたい」とのコメントをしていたが、正式な日程を発表したのは6月6日。しかし、その時点でもマエストロの入国は確定できておらず、6月29日においても「準備を進めている」という状況、実際に来日ができ隔離期間に入ったとの発表は7月3日になってからのことだった。
こうした経緯からも今回の演奏会にかけるマエストロ本人、OEK奏者、スタッフの思いの強さが想像できる。しかも、ベートーヴェンの全曲演奏はOEKの歴史の中でも重要な時期に取り組んできた特別なもの。そして、ミンコフスキ自身にとってもベートーヴェンの全交響曲演奏ははじめてのことだという。 公演を直前にして、リハーサルに臨むマエストロからメッセージが届いた。
ミンコフスキからのメッセージ
ほぼ2年ぶりとなり感慨深いです。ただ長いようでそうでもないようにも感じられ、最後の共演がつい昨日の事のような気もします。現在オーケストラは素晴らしい状態にありますし、この厳しい時期がメンバーにとって音楽活動を行うとはどういうことか、考え、リフレッシュする時間にもなったと思います。朝目が覚めて、お客様の前で音楽を奏でられる日などもう来ないのではないか、全ての終わりなのではないかと思う日もあったでしょう。まだこの悪夢が完全に終わったわけではありませんが、終わりが少し見え、こうしてここにいることが出来るのは感動的です。
ベートーヴェンチクルスをこうしてスタート出来るのは感動的です。ベートーヴェンの交響曲を初めて指揮したのは約30年前、以来ベートーヴェンの交響曲を様々なオーケストラと演奏してきました。チクルスを行うのは長年の夢でしたし、私自身ザルツブルクでサイモン・ラトルがバーミンガム市交響楽団と行ったチクルスを聴いて一聴衆としてとても感動もしました。そして今度は私がチクルスを行うのです。まるで夢のようです。チクルスという意味では既にウィーンでレ・ミュジシャン・デュ・ルーヴル管とシューベルトの交響曲の全曲演奏会を行いましたし、ハイドンのロンドン・セット全曲も行っていますので、今度はベートーヴェンというのも自然なことではありますが、ベートーヴェンの交響曲は全てがまるでマラソンのようです。いくつかの交響曲は小さなマラソン、いくつかの交響曲は大きなマラソンといった感じです。ベートーヴェンの作品を心と頭で感じ、毎回新たなアイディアを得、出来得る限りオリジナル・テキストに近づき、なおかつその場で生まれる表現を大切にすること―そして弁護士の如く作曲家の書き残したことを守りつつ、同時に画家の如く作品から得るアイディアを表現するのは、特にベートーヴェンの作品であればとてもやりがいのあることです。
7/10 第1番、第3番
第1番。ハイドン、シュターミッツ、それともフンメル??いいえ、ベートーヴェン。既に1曲目からクレイジーなアイディアやビジョンに溢れています。一見小さな作品のように思えますが、実際はそうではありません。
エロイカ、第3番は大聖堂、山、歌詞のないオペラ。ナポレオンにまつわるストーリー…戦い、名誉、死、殺し合い、喜び、狩猟など英雄的な行為を通じて得る経験のすべてがここにあります。
7/13 第2番、第8番
第2番。小さな交響曲?それとも大作のはじまり?そうです、大作です。なぜならこの作品には様々な構造、名人芸が詰め込まれています。そしてクレイジーな最終楽章。若々しさと狂気が同居しています。
第8番。古典的、同時に成熟しており、緩徐楽章はなし。他の楽章より少しゆっくりめの楽章はありますが。そこかしこに知性が溢れた、ベートーヴェンが交響曲の楽章として用いた唯一のメヌエットです。そして熱狂的な最終楽章。オリンピックなど比べ物になりません。
7/15 第6番、第5番
第6番。パストラル。恐らく最も興味深く、最も複雑で、最も魅力的な作品。詩的感興の賛美。自然、知力、素朴な感覚の表出。嵐、雨…日本の梅雨の時期にぴったりだと思います。そしていつもディズニーの『ファンタジア』を思い出します。ストコフスキーの指揮するこの作品を思い出すのはきっと私だけではないと思います。とてつもない作品です。
第5番。クラシック音楽といえば5番です。ロックやエレクトロミュージックの人にクラシック音楽といえば、皆パパパパーンと思うでしょう。実際はそれ以上のものです。運命がドアを叩く、実際には恐ろしい交響曲です。楽譜をきちんと読み込んでいなければ演奏するのが難しい作品です。というのは待ったなし、ドアを開けたらわっと落ちてゆくのです。しかもそれを皆一緒にやらなければならないのです。最終楽章から想起されるのは善と悪の戦い、勢力の転換、グッド・フォースです。ダーク・フォースではありません。そして冒険です。
オーケストラ・アンサンブル金沢とはこれまでにシューマンの交響曲全曲、オペラ、クルト・ヴァイル、フランス音楽など様々な作品に取り組んできました。素晴らしいのは今回取り組むベートーヴェンの交響曲を皆既に良く知っている点です。室内楽を弾く時のような感じで、直ぐに作品をどう表現するかということに取り組むことが出来ます。そして日本ならではですが、皆が良く準備してきているので、リハーサルを早く、効率的に進めることが出来ます。またアビゲイルさんという素晴らしいコンサートマスターがメンバーに指揮者が何を望んでいるか伝えるのを助けてくれます。大統領にとって素晴らしい首相を得たようなものです。また他のオーケストラからの素晴らしいゲストもいます。決して大きなオーケストラではありませんが、陰影やベートーヴェンの作品がもつ素晴らしい質感を伝えるのに十分なサイズです。
まず皆と同じように何もない時期もありましたが、その分自分のキャリア、この先何がしたいのかという事を考えたり、乗馬の腕を磨く事が出来ました。乗馬は音楽とかけ離れたものですが、同時に非常に似ているところもあります。なぜなら誰かとコミュニケーションを取らなければならないからです。特に相手が複数ではなくひとり(一頭)です。私にとっては充実した時期でした。幸運なことに私はレ・ミュジシャン・デュ・ルーヴル管とモーツァルトの『ポント王ミトリダーテ』のレコーディングをすることが出来ました。実は私はレコーディングが大嫌いなのですが、状況が状況なので今回3つもレコーディングをしました。ボルドー・アキテーヌ国立管、フロリアン・センペイとロッシーニの作品集を、ラモーのサンフォニー・イマジネールの第二部を(第一部は既にレ・ミュジシャン・デュ・ルーヴル管と録音していますが)フロリアン・センペイと共に録音しました。そして今年5月にボルドー歌劇場で『カルメン』を指揮しました。コロナの影響でいくつかの代役もしました。1か月前にはシュトゥットガルト放送響に、3週間前にはイスラエル・フィルに客演しました。素晴らしい経験でした。こういう時期ならではですが即席で何かを生み出すというのもいいことです。でも何よりも大事なことはこうして日本に戻ってくることです。入国するのは少し大変でしたが、それでも来ることが出来て幸せです。
フランスの現況ですが、幸いなことに数週間前から100%の収容率でコンサートを行う事が出来るようになりました。外に出るのも自由です。朝5時に帰るのも自由です。不思議な気がします。というのは何か月もの間夜7時以降は外出が禁じられていたからです。公演や演奏会を行うのも大変でした。最初は収容率50%ではじめ、徐々に増やしてゆきました。このままうまくいくことを願っています。まだクライシスから抜け出たわけではありませんが、良い方向に進んでいると思います。イスラエルは今少しまた問題が出てきていますが、3週間前私が滞在していたころはまるで何もなかったかのようでした。満席、ソーシャルディスタンスもなし、マスクもなしの普通の生活。ドイツは最初は良かったですが、途中難しい時期を経て今はまた良い方向に向かっています。それぞれの国が異なる道をたどっています。スペインにはリセオ劇場のオープニングのために11月にバルセロナに行きました。2月にもスペインに行きましたが、レストランは開いていましたし、ホールも半分の収容率で活動を続けてがんばっていました。政治に関わる人たちにお伝えしたいのは、またコロナのような問題が起きても、どうかどこでも同じことをしてほしいということです。どうか自分の国の事だけを考えないでほしいということです。特にヨーロッパ「大陸」と私たちは呼ぶくらいですから、400キロ毎に違うルールがあるなどという事はあってはならないことです。同じ問題、同じウイルス、同じコンサートホールがそこかしこにあるのです。私たちは強く、忍耐強くこれらのものと共存してゆかなければならないのです。そうでなければ文化や音楽、芝居など人間が人間であるための術がなくなってしまいます。ですから未来のためにただ行動するのみです。
ホールに半分しかお客様をお迎え出来ないので、十分な席がないかもしれませんが、皆さんの事を強く思っています。近いうちに全てのお客様をホールにお迎えできる状況になると思っています。でも終演後のサインはまだ難しいかもしれませんね。サイン会のたびに私は感激するのですが、ルールはルールです。私はとっても元気ですし、もうワクチン接種も終了しているのですが。皆さんにも今までの生活を取り戻すためにワクチン接種をお勧めします。そして未来を信じましょうとお伝えしたいです。
OEKの歴史にも、金沢のクラシックファンの記憶にも深く刻まれる特別なベートーヴェン・ツィクルスになるだろう。
●第443回定期公演
ミンコフスキ×OEK ベートーヴェン全交響曲演奏会1
2021.7/10(土)14:00 石川県立音楽堂コンサートホール
指揮:マルク・ミンコフスキ
ベートーヴェン:交響曲 第1番 ハ長調 作品21
ベートーヴェン:交響曲 第3番 変ホ長調 作品55 「英雄」
●特別公演
ミンコフスキ×OEK ベートーヴェン全交響曲演奏会2
7/13(火)18:30 石川県立音楽堂コンサートホール
指揮:マルク・ミンコフスキ
ベートーヴェン:交響曲 第2番 ニ長調 作品36
ベートーヴェン:交響曲 第8番 ヘ長調 作品93
●特別公演
ミンコフスキ×OEK ベートーヴェン全交響曲演奏会3
7/15(木)18:30 石川県立音楽堂コンサートホール
指揮:マルク・ミンコフスキ
ベートーヴェン:交響曲 第6番 ヘ長調 作品68 「田園」
ベートーヴェン:交響曲 第5番 ハ短調 作品67 「運命」
【今後の予定】
10/21(木)19:00 第447回定期公演 交響曲 第4番、第7番
2022.3/5(土)14:00 第452回定期公演 交響曲 第9番「合唱付」
オーケストラ・アンサンブル金沢
https://www.oek.jp