伊藤 晴(ソプラノ)

「愛することで自分の人生を信じることができた女性」蝶々さんに挑む

(C)Yoshi Kato

 このところ立て続けにヒロイン役を射止めている藤原歌劇団の新しいプリマドンナ、伊藤晴。いよいよ6月には、藤原歌劇団・NISSAY OPERA 2021公演で《蝶々夫人》のタイトルロールに挑むと聞けば、期待が募る。

 「一昨年、藤原歌劇団・NISSAY OPERAに出演させていただいたのは、《愛の妙薬》のアディーナ役でしたが、今年は《ラ・ボエーム》のミミ、そして《蝶々夫人》と、年齢とともに自分本来のリリックな声に、身体が追いついてきたと思います」

 伊藤がそう語るように、彼女の持ち味がいままで以上に発揮されそうなのである。
 「本来の私の声は、中音から高音にかけての音質に特徴があると思っています。過去に歌った役で培ったアジリタの技術を失わずに、声を深めていきたいです」

 2年前のアディーナでは、明瞭な響きで旋律が美しく描かれ、華麗な装飾歌唱も楽にこなして印象的だった。一方、中音域の音圧が高いので、近い将来、ドラマティックな役を歌えるようになるのではないかと感じたが、本人もそう自覚していたようだ。実際、伊藤はこれまでも、自分のあるべき姿を求めては道を切り開いてきている。
「大学は教育学部の音楽科だったので、プライベートで歌のレッスンに通っていて、その先生から『音楽大学で歌を勉強してみたら?』と言われたことがずっと心に残っていて、音大大学院を受験したんです」

 こうして歌の世界に導かれてからは、「大学院修了後、指揮の先生から音楽的なことや楽譜の読み方を学びましたが、すると今度は、その音楽を表現するテクニックが足りない。それを解消するためにミラノで1年半、パリで2年半学びました。発声やレパートリーが安定せず悩んでいた時期に、ミラノからパリへ先生を探しに行って、ニース夏期国際アカデミーなどを経て、パリ地方音楽院の教授をされていた富佐子マルゴーニ先生につきました」。

 持てる力を活かすために、常にストイックなのだ。
 「この先生の下で自分の歌が変わらなければ終わりだ、という気持ちで勉強しました。マルゴーニ先生からはいつも『心で歌いなさい』と言われ、『どんな状況にあっても歌手は歌わなくてはいけないし、たとえば3日後にサロメの役を歌えと言われたら、譜読みして歌えるようでなければ』と言い聞かされていました。それらは心に刻まれています」

 たしかに恩師の言葉は、音楽に感情がにじむ歌唱や、高いプロ意識に反映されている。そんな伊藤に、プッチーニの音楽はどのように映るのか。
 「音楽自体が演劇的で、音楽をよく分析できていないと跳ね返されてしまうけれど、波に乗れると驚くほどスムーズに歌えると感じます。ミミも蝶々さんも、観客にとっては哀れで涙を誘う存在でも、本人たちはオペラのなかで、人生の最も幸せな時間を生きている。彼女たちにとってのロドルフォやピンカートンは、悲惨な境遇から精神的に救ってくれて、人生に煌めきを与えてくれた人なのです。今度の《蝶々夫人》では、愛することで自分の人生を信じることができた女性の、最後の輝きを表現できるように努めたいです」

 舞台に出ずっぱりでドラマティックに歌う蝶々さんは困難な役だが、「プッチーニの音楽に逆らわず、まずは私自身の声で表現することが目標です。その点で1月にミミ役を歌って得られたことはとても大きく、オーケストラとも語り合ってひとつになるような感覚で臨みたいと思います」。

 気負いがないだけに、ますます期待は高まるではないか。
 これまで歌った役で気に入っているのは、「自分から遠いキャラクターのほうがワクワクする」という理由で、《ラ・ボエーム》のムゼッタだそうだが、将来は、「イタリア・オペラを歌える声を保ちつつ、モーツァルト、フランス・オペラ、フランス歌曲などを、スタイルを守りながら歌っていける歌手になりたい」。

 きっと、そこへの道を切り開くだろう。だが、伸び盛りのキャリアの頂点のひとつが今度の《蝶々夫人》であることは間違いない。
取材・文:香原斗志
(ぶらあぼ2021年6月号より)

Profile】
三重大学卒業、武蔵野音楽大学大学院修了。日本オペラ振興会オペラ歌手育成部第25期修了。ミラノ、パリで研鑽を積み、2013年パリ地方音楽院修了。第9回藤沢オペラコンクール第2位。第82回日本音楽コンクール入選。藤原歌劇団には14年《ラ・ボエーム》のムゼッタでデビュー以降、多数公演で好評を博した。他、NHKニューイヤーオペラコンサートなどコンサートでも注目を高めている。藤原歌劇団団員。日本オペラ協会会員。三重県出身。

【Information】
藤原歌劇団・NISSAY OPERA 2021公演 
プッチーニ:《蝶々夫人》(全2幕・イタリア語上演・日本語字幕付)


2021.6/25(金)18:30、6/26(土)14:00、6/27(日)14:00 日生劇場

指揮:鈴木恵里奈 
演出:粟國安彦 
再演演出:久恒秀典

合唱:藤原歌劇団合唱部 
管弦楽:テアトロ・ジーリオ・ショウワ・オーケストラ

出演       
蝶々夫人:小林厚子(6/25&6/27) 伊藤 晴(6/26)
ピンカートン:澤㟢一了(6/25&6/27) 小笠原一規(6/26)
シャープレス:牧野正人(6/25&6/27)井出壮志朗(6/26)
スズキ:鳥木弥生(6/25&6/27) 丹呉由利子(6/26) 
ゴロー:松浦 健(6/25&6/27)井出 司(6/26) 
ボンゾ:豊嶋祐壹(6/25&6/27) 村田孝高(6/26) 
ヤマドリ:相沢 創(6/25&6/27)村松恒矢(6/26)
ケイト:吉村 恵(6/25&6/27)北薗彩佳(6/26)       
神官:立花敏弘(全日)

問:日本オペラ振興会チケットセンター03-6721-0874 
https://www.jof.or.jp