林 英哲(太鼓)

太鼓の響きが持つ力で、良き未来を引き寄せたい

©M.Tominaga

 和太鼓に芸術的可能性を見出した第一人者として、世界に向けてオリジナルな表現を発信し続け、「太鼓音楽」というひとつのジャンルを確立した林英哲。これまでジャンルの垣根を超えて国際的な演奏家たちと積極的に交流を続けてきた。近年も若手からベテランまで多くの音楽家からリスペクトを得て、現代音楽作曲家からの委嘱が引きも切らない。今年1月にも、新倉瞳との共演で和田薫作曲「巫(かんなぎ)〜チェロと和太鼓のための」の世界初演が行われたばかりだ。

 「グループ活動時代から外国での反応に手応えを感じて、やるからには“伝統”そのものではないにせよ、所作のひとつにも日本人の美意識や礼儀作法が感じられるきちんとしたものを披露したかった。加えて自分としては現代に生まれ、コンテンポラリーな考え方や知識を身につけているのだから、同時代の人々に楽しんでもらえるような音楽を目指したいと思いました。和太鼓のようなシンプルなものがそうなり得るかはまったくの“賭け”で、パフォーマーとしてこれで食べていけるかも含めて手探り状態からのスタートでしたが、逆に言えば先達がいないので、挑戦する楽しさがあった。小澤征爾さんに興味を持ってもらえたことをきっかけに始まったクラシックとのコラボもその最たる好例ですね」

 1990年代半ば、次世代を担う俊英たちによる太鼓ユニット「英哲風雲の会」が発足、アンサンブルメンバーとして規模の大きな舞台作品の実現に貢献した。一方でライフワークとしてソロ・コンサートのシリーズも充実。チャイコフスキー・コンサートホール(1998年)、ベルリン・フィルハーモニー・室内楽ホール(2000年)などで実績を重ねてきた。そしてこの度、演奏活動50周年記念公演として「独奏の宴−『絶世の未来へ』」の開催が決定。

 「東日本大震災から10年、その間も天変地異は絶えず、さらに“コロナ禍”が追い打ちをかけてきた。太鼓で“厄払い”ができるかどうかはわからないけれど、太古の人々が大自然の力に対して“祈る”ようにして打った、それと同じ気持ちを込めて叩くのであれば、たった一人で大舞台に立つ意味があるのではないかと思っています」

 プログラムはすべて自作曲で、2部構成。第1部はイントロダクションとも言うべき「夜明け前」で幕を開ける。
「続く『一人舞』はもともとひとりでやるはずだったところに弟子が加わり、グループのアンサンブルとして初演したもので、今回は本来のかたちのソロ演奏をします。その次の『越境者』の内容はまだ考え中(笑)。太鼓ではない打楽器で“越境”を試みたい。そして『走る黄金の小僧』は明治に生まれ、大正時代に当時流行したスペイン風邪に罹って22歳で夭折した、洋画家で詩人の村山槐多をテーマにした舞台作品から」

 第2部は舞台に大太鼓を据えての演奏が中心。
 「『月の光』は美術家ジョゼフ・コーネルを取り上げた『コーネルの箱』と題した舞台で、新垣隆さんにベートーヴェンの有名な曲を弾いてもらって叩いた演目を今度はピアノなしで。『七星』は英哲風雲の会のために書いた大太鼓合奏曲のソロ・バージョン。そして最後の『祈夜』と『曙光』は日本だけでなくパンデミックで出口の見えない状況にある全人類に向けて、暗闇の中から現れ始める“明るいきざし”をイメージして…とまあ、どこまでやれるかはわかりませんが、節目の年として“一世一代”のパフォーマンスのつもりでチャレンジします」

 2022年2月には70歳となり、前例のない“太鼓ソリスト”として単独でキャリアをスタートさせてから40周年を迎える。
「自粛期間中は体力が落ちないか不安でしたが、練習を再開して太鼓を打つようになってから、あきれるくらい元気になった(笑)。太鼓の響きは胎児の頃に子宮内で聴いていた振動に近いので、人種や文化を越えて人間の本質を目覚めさせると信じています。願わくば、その力で世の中を再生させ、良き未来を引き寄せたい」
取材・文:東端哲也
(ぶらあぼ2021年3月号より)

Profile
「佐渡・鬼太鼓座」「鼓童」の創設に参加。1982年ソロ活動を開始。84年、初の和太鼓ソリストとしてカーネギーホールにデビュー。2000年にはドイツでベルリン・フィルと共演。日本の伝統にはなかった大太鼓ソロ奏法の創造、多種多様な太鼓群を用いた独自奏法の創作など、前例のない太鼓ソリストという分野を開拓。オリジナリティあふれる太鼓表現を築き、国内外で活躍を続ける。1997年芸術選奨文部大臣賞、2001年日本伝統文化振興賞、17年松尾芸能賞大賞を受賞。21年は演奏活動50周年、22年はソロ奏者として40周年を迎える。

【Information】
林 英哲 演奏活動50周年記念公演
独奏の宴─「絶世の未来へ」
2021.3/17(水)18:30 サントリーホール

【第1部】「夜明け前」「一人舞」「越境者」「走る黄金の小僧」
【第2部】「月の光」「七星」「祈夜(きや)」「曙光(しょこう)」
問:カジモト・イープラス050-3185-6728
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