常に可能性を探し、挑戦を続けるピアニスト待望のリサイタル
ベートーヴェン・イヤーに挑む渾身のプログラム
新型コロナウイルス流行によるコンサートの中止・延期が続く中で、金子三勇士はSNSを通じて演奏映像や自粛生活の写真を公開。さらにnoteでは文章による近況報告をし、思いがけない災厄に疲弊していた人々を楽しませ、勇気づけてきた。
その一方で、9月に開催されるリサイタルの構成を考えることにも力を注いだ。自粛スタート以来久しぶりの、しかもベートーヴェンの生誕250年にぶつける渾身のプログラムである。
「今年は本来なら、あらゆる場所でベートーヴェンが演奏されていたはずです。大きめのリサイタルですから取り上げないわけにはいかないけれど、ありきたりのプログラムにもしたくありませんでした。ピアニストとしては『悲愴』『月光』『熱情』の三大ソナタは弾いておきたい。しかしそれはみんなが思いつくアイディアです。
そこで考えたのが『ワルトシュタイン』を組み込むことでした。三大ソナタと『ワルトシュタイン』を一夜に演奏することも考えましたが、客観的に見ると自分には50年早いかな、と(笑)。最初から最後までベートーヴェンでやるよりも、それとは違う誰かの曲を組み合わせていこうと思いました。
各地をまわってお客様のコメントを伺うと、ショパンを聴きたいという方がとても多いのです。人気があるだけでなく、ピアノ音楽史を語る上でもショパンは外せません。そこで、前半には名曲中の名曲である『革命のエチュード』と『雨だれ』を選びました。『革命』のように力強く、情熱的でしかもロマンティックな作品が生まれたのは、少し前に生きていたベートーヴェンの存在がものすごく大きかったと思っています」
あわせて取り上げる藤倉大の作品は、映画『蜜蜂と遠雷』の中で主人公の一人マサルが演奏したコンクール課題曲「春と修羅(マサル・バージョン)」。実際の演奏は金子が担当した。
「映画や録音で楽しんでくださったお客様から『ぜひ生演奏で聴きたい』というコメントをたくさんいただいていたもの。登場人物や演奏を担当するピアニストたちのキャラクターまで考えて作曲されていますので、楽しんでいただけると思います。
前半の最後には『悲愴』を持ってきました。パセティーク(Pathétique)という名前の通り、いろいろな感情が込められた、表現豊かな作品だと思います。特に第2楽章はのちの時代につながるいろいろな鍵が隠されています。ショパンやシューベルト、シューマンが書いたと言われても驚かないような作品で、ハイドンなどとは違いますね。一つの演劇を見ているようなストーリー性があります」
期待がかかる新解釈の「ワルトシュタイン」
後半は人気のリスト「ハンガリー狂詩曲第12番」とシューマン「献呈」(リスト編)に「ワルトシュタイン」という大胆な組み合わせ。この選択の理由を尋ねると、「リストが鍵」という言葉が返ってきた。ハンガリーの血を引く金子にとって、確かにリストは特別な作曲家であるが・・・。
「リストはことあるごとにベートーヴェンへの尊敬の念を表していました。もしもベートーヴェンがいなかったら、リストのピアノ作品は違う方向に行っていたでしょう。ベートーヴェンがいて、ツェルニーがいて、リストがいる。僕が在籍していた当時のリスト音楽院には『子どもの頃リストに会ったことがある』という方さえいたのです。ベートーヴェン・イヤーを祝うのに、リストは欠かせません」
最後に登場する「ワルトシュタイン」は従来の解釈とは違う自分なりの解釈で演奏したいという。
「とてつもなくディープで暗い第2楽章、それをずっと引っ張っていって第3楽章を作っていきたいのです。新しいエラールのピアノが届いてさまざまな奏法を取り入れることが可能になった作品と言われていますが、僕としては音色にフォーカスしたい。日本にはベートーヴェンに詳しい音楽ファンがたくさんいらっしゃいますが、そういう方にこそ今回の演奏を楽しんでいただきたいです」
もちろん今回も得意のトーク付き。どんな「ワルトシュタイン」の新解釈を語ってくれるのかも楽しみである。
取材・文:千葉 望
(ぶらあぼ2020年7月号より)
【Profile】
6歳で単身ハンガリーに渡り、バルトーク音楽小学校から国立リスト音楽院大学(特別才能育成コース)に入学、2006年全課程取得。東京音大を首席で卒業、同大学院修了。08年、バルトーク国際ピアノコンクール優勝。これまでにゾルタン・コチシュ、小林研一郎、ジョナサン・ノットらと共演、国外でも広く演奏活動を行っている。19年公開の映画『蜜蜂と遠雷』では、主人公の一人「マサル」のピアノ演奏を担当、9月にはサウンドトラック『金子三勇士 plays マサル・カルロス・レヴィ・アナトール』もリリースされた。
【Information】
金子三勇士 ピアノ・リサイタル
2020.9/27(日)13:30 横浜みなとみらいホール
曲/ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第8番「悲愴」、第21番「ワルトシュタイン」、シューマン(リスト編):「献呈」、藤倉大:「春と修羅」 他
問:ジャパン・アーツぴあ0570-00-1212
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