ミラノ・スカラ座 2020年日本公演

「オペラを観た!」と実感したい人は必見の舞台

オペラ初心者から熱烈なファンまで虜にする名作オペラ2本立て!

 1981年の初来日から、ミラノ・スカラ座の来日公演は、毎回、我が国のオペラ界にとって、一つの「事件」となってきた。40年近く前、ロッシーニの《セビリアの理髪師》のフィガロ役で、バリトンのレオ・ヌッチが早口のアリアを誰よりも颯爽と歌い上げたとき、客席も、テレビ放映を眺めたファン層も「曲の真価」をやっと体感したのである。極上の音楽には、極上の歌手だけが伝えられる境地がある…そう痛感したのは、当時の筆者だけではないだろう。

 そのミラノ・スカラ座が、今年9月、実に8度目の来日を果たすことに。演目はヴェルディの《椿姫》とプッチーニの《トスカ》。オペラは初めての人にも、熱心なファン層にも、まさに「王道そのもの」のカップリングである。どちらも傷ましい悲劇だが、絶世の美女が病死する《椿姫》に漂うのは強い憐憫の情、歌手と画家が政争の犠牲になる《トスカ》にはスリリングな緊張感が纏わりつく。メロディに酔いつつ静かに泣きたいなら《椿姫》、ドラマティックな響きに全身を揺さぶられたいなら《トスカ》。この2作なら、「オペラを観た!」と周囲に自慢しても罪はない。それこそ、西洋芸術の全容を知る最短コースなのだから。

最高峰の配役で聴く贅沢

 さて、今回まず気になるのはキャスティング。《椿姫》のヴィオレッタは、声の技と華やかな美貌が人気のソプラノ、マリーナ・レベカが演じ、青年アルフレード役では滑らかな声音が光るテノールの新星アタラ・アヤンが登場。そして、なんと、先述の大歌手ヌッチが老父ジェルモンで健在ぶりを発揮するという。指揮台に立つのは大べテランのズービン・メータ。演出はスカラ座随一の贅沢さを誇るリリアーナ・カヴァーニのプロダクションである。この高名な女性演出家ならではのエレガントな衣裳と広がりある舞台、細かくつけられた演技のもと、人物同士の心の対話を堪能してほしい。

 続いての《トスカ》では、1月のコンサートでも実力を披露した新進ソプラノ、サイオア・エルナンデスが主演者に。彼女の若々しく力強いフレージングと引き締まった声音なら、歌姫トスカが抱える苦悩も、膨れ上がる殺意も鮮やかに打ち出せるに違いない。彼女はまた、「音楽の方向性」を冷静に見極める歌い手なので、甘美なデュエットはことさらふくよかに、警視総監スカルピアとの対決の場は、より烈しい緊迫感のもと歌い進めるはずである。

 また、悪漢スカルピアを演じるのは、近年評価の高いバリトン、ルカ・サルシ。彼の明晰なイタリア語と肉厚の美声は、貴族の冷酷さも、男の情欲もともに雄弁に表現するものである。そして、トスカの恋人カヴァラドッシ役には、熱い響きのテノール、ファビオ・サルトーリ。舞台装置を大胆に動かし、人海戦術にも長けるダヴィデ・リヴェルモアの斬新な演出で、この3名がフルに力を発揮するさまは見逃せないだろう。

 ちなみに、《トスカ》を振るのは、スカラ座の音楽監督たるリッカルド・シャイーだが、今回は、この大指揮者の肝いりで、特別に1900年初演版の楽譜を使うとのこと。それゆえ、各場面で音楽が少しずつ増えるので、第1幕の愛の二重唱はよりしっとりと鳴り渡り、男爵殺害の場はいっそう凄まじく、主人公が身投げする幕切れも哀感がさらに増す。となると、《トスカ》は何十回と見たという練達のファンも心そそられるのでは? 「絹のようなしなやかさを誇る」スカラ座管弦楽団の熱演ぶりとともに、本番が大いに期待できそうだ。
文:岸 純信(オペラ研究家)
(ぶらあぼ2020年4月号より)

*新型コロナウィルス感染症の感染拡大を考慮し、本公演は開催見合わせとなりました。(5/11主催者発表)
詳細は下記ウェブサイトでご確認ください。

《トスカ》
2020.9/15(火)18:30、9/19(土)15:00、9/22(火・祝)15:00、9/26(土)13:00 東京文化会館
《椿姫》
2020.9/20(日)15:00、9/23(水)18:30、9/25(金)15:00、9/27(日)13:00 NHKホール
問:NBSチケットセンター03-3791-8888 
https://www.nbs.or.jp
※発売日の詳細は上記ウェブサイトでご確認ください。