東 誠三(ピアノ)

心の奥底に響くラフマニノフとシューベルトの音楽

C)Ariga Terasawa

 音楽のもつ瑞々しい生命力を伝える東誠三のピアノ。聴き手の心を揺さぶる彼の生演奏は、鋭い感性とともに、広く深い見識に裏付けされている。今年のリサイタル冒頭で取り上げるのは「鐘」の通り名でも知られるラフマニノフの前奏曲嬰ハ短調。この短い曲が愛される理由について、東は次のように語る。

「作曲家には、それぞれに特徴的な音使いがありますが、ラフマニノフにとってその一つは『ディエス・イレ』(死者のためのミサで歌われる聖歌)の旋律であり、もうひとつはロシアの町中で響いている教会の鐘の音です。西欧でも東欧でも、教会の鐘の音は人々の生活に密着しています。ラフマニノフは頭の中に鳴り響く鐘の音を音楽にすることで、何か具体的なものを描こうとしたわけではないと思いますが、彼の作品を聴く人々は、何か思い出深い特定の記憶を、それぞれに呼び覚まされるのではないでしょうか」

 前半のメインは、同じくラフマニノフの「10の前奏曲」op.23だ。
「全10曲からなるこの作品は、ラフマニノフの特徴的な表現方法を幅広くカバーしています。たとえば第1番、4番、10番には、ラフマニノフに特有の息の長いメロディーが現れます。ピアノの音は鳴った瞬間から減衰していくものですが、奏者が深く長い呼吸をもって弾けば、長い旋律線も減衰することなく朗々と繋がっているように聞こえます。最弱音なのに遠くまで通る響きもまた、凝縮した深い呼吸の中で生まれるものです。それらは決して機械で数値化できるものではなく、生演奏でこそ伝えられるものですね。一方、第7番、8番は長い旋律線には顔を出さず細かくて激しい動きがあり、第9番は調性が曖昧で謎めいた実験的な作風です。また、ラフマニノフの音楽には、ロシアの土地に根ざした哀愁や民俗性も感じられます。それが第3番や5番のロシア的なリズムに現れているように思います」

 後半はシューベルトの規模の大きなソナタ、第20番イ長調である。
「第1楽章は決然とした明るさがありますが、第2楽章は途中から急に激昂し、嬰へ短調からハ短調という非常に遠いところへ転調します。迫真の演技をする役者のように、激しい心の動きを要する楽章ですが、カタルシス効果をもたらして新鮮な意欲が湧き上がってくる楽章です。第3楽章では親しみのある、のどかでウイットに富んだ世界が描かれる。第4楽章は規模の大きな幸せかつシリアスなドラマ。シューベルトの音楽もやはり息の長い大きなフレージングが特徴的ですが、瞬間瞬間の表情を捉えることで、その自然な美しさをお届けできればと思っています」
取材・文:飯田有抄
(ぶらあぼ2020年4月号より)


*新型コロナウイルスの感染症の拡大防止の観点から、本公演は延期となりました。
詳細は下記ウェブサイトでご確認ください。

東 誠三 ピアノ・リサイタル 
2020.4/19(日)14:00 東京文化会館(小)
問:ムジカキアラ03-6431-8186 
https://www.musicachiara.com

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