武久源造(チェンバロ/フォルテピアノ)

鬼才の「適正律クラヴィーア曲集」全曲録音、ここに完結


 バッハの「平均律クラヴィーア曲集」は鍵盤音楽の最高峰。日本を代表するピリオド鍵盤楽器奏者の一人、武久源造は、だからこそ唯一無二の録音にしたかったと言う。
 まず、原題のドイツ語本来の意味からタイトルを「適正律クラヴィーア曲集」と訳した。そして、例えば第1集には第1巻の最初の6曲と第2巻の同じ調性の6曲を収録するが、前者をペダル鍵盤付きチェンバロで、後者をバッハの時代のフォルテピアノの複製で演奏するという凝りようだ。このたび、そんな「適正律」全曲(全4枚)の最後のアルバムがリリースされた。

「バッハ以前からドイツのオルガニストは伝統的に足鍵盤付きチェンバロを使っていました。モーツァルトもペダル鍵盤付きピアノを弾いていた。バッハもこのような楽器を持っていたことが分かっていますし、そもそもオルガンの名手でしたから、日常的に弾いていたはずです。実際、通常のチェンバロでは弾けない低音が出てくる曲が適正律の中にもあります」

 チェンバロとフォルテピアノ、1巻と2巻の違いは何か。
「楽器が創りだす響きに心身を委ね、その上で音楽の言葉を自由に紡ぐというのがチェンバロ。楽器の音を細部に到るまで制御しようとするのがピアノ。宇宙の法則が分かったらそれで満足するニュートンか、そこから何が出来るか考えるフランクリンか?バッハはこのような人間の意識の変革期にいたんです。元々、第1巻の一部は子どもたちの教育用に作曲され、ライプツィヒのカントルに就職する際に教材用に纏めた。ハ長調から螺旋状に上昇し最後の曲で宇宙にまで行ってしまう。私もやっとそれが、骨身にしみて分かりました。バッハも1曲目から順に弾いてほしいと思っていたのではないでしょうか。一方第2巻はその後散発的に書いた曲を後で纏めたものですが、演奏して面白い曲が集まった。演奏技術的にも音楽的にも極めて多彩。芸術家は誰もが本当に自分のやりたいことと、周囲の希望との折り合いをつけるのに苦労しますね。そのバランスのとり方でいうと第2巻は凄いですよ。長い天秤棒にいろんなものが乗っているから、それらをすべて生かし切るのは本当に大変。最後の曲が書かれたのはバッハが60歳くらいのときです。私も同じ年齢になり、それでまあ録音を始めたのです。年だけはいわゆる分別ざかりというところですかね」

 筆者は第1集から聴いてきたが、どの演奏も弾き手の円熟の心技を感じさせると同時に煌めくばかりのアイディアと豊かな情感に満ちている。自身で執筆した詳細な楽曲解説も読み応え十分。新たな名盤の誕生を祝したい。
取材・文:那須田 務
(ぶらあぼ2019年8月号より)

CD『バッハの錬金術 Vol.2 #4/4 適正律クラヴィーア曲集 第1集・第2集 第19番〜第24番』
コジマ録音 
ALCD-1187 
¥2800+税
2019.8/7(水)発売