ニルヴァーナ -泥洹(ないおん)- 土取利行 meets サルドノ W.クスモ

2人が辿りつく澄み切った清明な世界

土取利行

魅力的な取り合わせの2人だ。土取利行は、ピーター・ブルック国際劇団の音楽監督を務め、パーカッション、特に即興の名手として名高く世界的にも幅広く活躍している。サルドノ W.クスモはインドネシア・ダンス界の至宝である。伝統舞踊はもちろん、伝統武術のシラットを幼い頃から収めた。さらにはニューヨークで学び、インドネシアでコンテンポラリー・ダンスの草分け的な存在である。指先の隅々にまで「気」が満ち、柔らかでかつシャープな動きが無限に連鎖していく。
その2人が競演するのが《ニルヴァーナ —泥—》だ。ニルヴァーナは「涅槃」という表記で馴染みがあるかもしれないが、意味は同じ。仏教でいう「煩悩がなくなり、悟りを得た状態」である。この曲は、もともと土取の妻であり三味線奏者だった故・桃山晴衣の父、鹿島大治が作曲したものを、桃山が三味線で演奏してきたものだ。
若い頃の土取の演奏は共演者に挑みかかるような激しい音だったが、ブルックに「観客のことを忘れてはいけない」と諭されたという。いまでは「沈黙で音を奏でる」と言われるほど、心の内奥に沁みてくる音が土取の魅力となった。サルドノも伝統舞踊とコンテンポラリーの両方を身につけつつ、その両者を自らの身体の中で溶け合わせ、自分だけの舞踊を紡ぎ出してきた。
煩悩を越え、澄み切った清明な世界であるニルヴァーナ。この2人がたどり着いた世界を、見届けたい。

文:乗越たかお(作家・ヤサぐれ舞踊評論家)
(ぶらあぼ2013年8月号から)

★9月7日(土)・東京文化会館(小)
問:東京文化会館チケットサービス03-5685-0650 http://www.t-bunka.jp